熱い熱い熱い熱い。

 火に腕を入れたような感覚。

 口から僕のじゃないような声が漏れている。

 書かれた場所が金色に光っていた。

 周りの歓声も、心配そうに見ている誰かの視線も、全部全部蚊帳の外。

 何が起こってるのかさっぱりすぎて、でも痛い、という感覚だけは本物だった。

 涙が溢れてくる。

 芹の例えが分かった気がした。

「あ……ぅ……」

 言葉が出てこない。

 痛い。

 熱い。

 大きな腕に抱えられて、陣を出た僕は、いつの間にか、大きな部屋にたった一人で蹲っていた。

「はは、うえ……」

 痛みは少しずつだけれど治まってきていた。

 喉がカラカラで、目元も何処か濡れていた。

 端っこの方に置いてあった水差しの所へ這っていく。

 含んだ水が、果実水のように甘く感じられた。

「ど……こ」

 場所が全く分からない。

 窓もない。

 揺らめいている灯篭の光から、部屋の全体が把握できる位なだけだ。

「……痛い」

 誰も、居ない。

 その事が余計に僕を怯えさせ、怖がらせた。

 隣に誰でもいい、誰かが居てくれたらこんなにも怖くて、寂しい思いをせず、痛みも我慢できただろうに。

 でも、僕の“居てほしい”という願望は届くはずも無く、暗い部屋の中で一人蹲っているのが現状だ。

 恐る恐る、金色から青へと変化した、紋章へと手を伸ばす。

 指先が触れた。

「……ぁ」

 何かが流れ込んだ。

 血流が何故か鮮明に分かる。

 ぐるぐる巡る。

 そして――。

「ぁあああああああああああああああああああああ!」

 獣のような咆哮。

 それが自分だと気付いたのはいつだったか。

 ともかく、変な感覚が僕を支配していた。

 痛い……、イタイ……、いたい……。

 頭の中にはこれだけしか浮かばない。

 徐々に何かと僕がリンクしていく。

 頭の中がぐるぐるしだした。

「な……、に」

 今まで見えなかった何か、自然の動きが、精霊達の軌跡が僕の視界に映し出される。

 それと同時に、鋭すぎる切れ味で、心臓が脈打つのが聞こえた。

 いたい、いたい、いたい――。

 そのためだけに用意された部屋でうずくまり、のたうちまわる。

 頭も、体も、どこもかしこも、刃でかき回すような痛み。

 冷たい何かが僕の顔を流れていく。

 指を少し動かすだけでも、針で刺されたかと錯覚する。

 動かなくとも、脈を打つたびに、激痛に襲われる。

 荒い息が僕の口から漏れる。

 こんな時に限って、いいや、こんな時だからこそ、手を握ってくれる存在など居ない。

 病気の時には、誰かが居て、手を握ってくれたり、そこに居る、という気配があったのに。

 凄まじい痛みと、泣きそうな孤独を覚えている今は。

 ――ただ、一人。

「だ、じょ……ぶ……か、な」

 声帯を震わすと電流のように痺れが襲ったが、僕は我慢して呟いた。

 どれ位経っただろうか。

 だんだん痛みに慣れてきた身体が動くようになってきた。

 と、同じくして、軌跡しか見えなかった、精霊の声が聞こえてきた。

 幼子のような風の声から、どっしりと落ち着いた土の声。

 これが精霊だよ、と教えられてなかった僕には、何が何だか分からなくて、その時は目を白黒させるだけだった。

 喉を振るわせたせいで痛む身体に目を瞑って耐えていると、より鮮明になった声が僕の耳に届いた。

『あぁ、この子が導主なんだね』

『そーなのー? ちっさいねぇー』

『この子もお前には言われたくないだろうよ』

『うー、うるさいよー』

『でも、すっごく小さいね。大丈夫なのかな』

 誰だろう。

 本当に分からなかった僕は、薄目を開けて探してみた。

 見えたのは、赤と水色の玉。

 灯篭の周りにいる赤い玉と、全体にたくさんいる水色の玉が交差して会話していたのだ。

『獣王が決めたことでしょ?』

『ねー、王が決めたんだもんね』

『僕らはそれに着いてくだけだよ。

『僕らの王は眠ってるもんねぇ』

『……お前達、静かにしなさい』

『えぇ――っ! シルフが黙ったらシルフじゃないよ!』

『そーだ!』

 ――ドウシュ? 王さま?

 僕の思いつく王さま、と言ったら巫王様しかいない。

 彼らの会話を成すがままに聞きながら、僕は微かに首を捻り、そこから発生した痛みにまた顔を顰めた。

 それでも、泣きそうな孤独感は既に消えていた。

 むしろこの空間は騒がしいくらいに声に溢れていた。

 騒がしい夕食の食事情景に似ていて、安心した位である。

 いつの間にか強張っていた表情をふっ、と緩め、突然聞こえてきた、違う声音に身体を硬くした。

 もやもやとしていた声が鋭くなる。

 聞き覚え、否、聞きなれている、男の声。

「ち、ち……うえ……?」

 からからに渇いた喉が、小さな音を震わせた。

『……た、……な……』

 ピントが合ってきた声。 

痛くなる身体を厭わず、僕はぎゅっ、と身体を縮こまらせる。

 いやだ、聞きたくない……、ききたくないよ!

 嫌な予感しかしない。

 ねぇ、止めて、止めてよ!

 震える手で、痛みでゆっくりとしか動かない手を必死に動かして、耳を塞ぐ。

 意味を成さない。そう知っていても、僕は必死で、必死に、音を遮断しようとした。

 それでも――。

『麒麟の器が一門、まさか息子だとは。これで俺の赤の座は確約されたも同然だな』

『本当ですこと。良い器が手に入られて、ますます当主様のお力が大きくなりますわね』

 父上と、知らない女の、酔ったような、声。

 どういう、事。

 半分以上は理解できていない。

 それでも、何か、僕について言われていることは何となく分かった。

凄く、聞きたくないこと。

僕が、何。

 頭の中が真っ白になった僕のうえで、赤と水色、加わった黒がまた会話をしていた。

『器だってよー』

『ひっでー、よなぁ。奴ら腐ってやがる』

『ねー、シュヴァルツ。うつわってなぁーに?』

 無邪気な水色が、僕の頭上を飛んだ。

 僕は身を震わせ、再度痛みで震えた。

 気になった、所だったからだ。

 黒が水色に寄って行って、人間だったら、きっと困ったような顔をしてるような、そんな声音で言った。

 聞かなきゃ良かった、そう思う言葉を。

『うーんとなぁ、入れ物、って事だろ?』

『導主を、王の入れ物だ。そう、言ったんだよ』

『こいつの人格無視とはねぇー。ひっでー、親』

 

――王の、入れ物?

 

 侵食されるように染み込んでいく、彼らの言葉。

 水色に分かるよう、黒が言った言葉は、分かりやすく噛み砕いてあって、奇しくも僕にも説明する形となってしまった。

 僕にも理解できた、してしまった。

「……何、そ、れ……」

 継承の儀の前の嬉しそうな父上の顔が、おめでとうございます、と言ってきた分家の顔が脳裏に浮かんだ。

 あの、笑顔は何。

 祝福の言葉は何だったの?

 僕が“契約”を結べる、って言う事実を喜んでくれたんじゃないの? 

 道具が手に入った、っていう喜び?

 ねぇ、父上。

 僕の存在って、貴方の息子じゃなくって。

 慎、って名前の、紅一門の一人の子供じゃなくって。

 ただの器なの?

 ……道具、なの?

 呆然としている、追い討ちをかけるように、父上の、あの時と同じ、嬉しそうな声が耳に入った。

『良い駒が現れてくれて、本当に良かったよ』





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