前夜 夫婦喧嘩 のち……? 僕は部屋の隅で、父上に買ってもらった本を捲っている。 「ふぁあー。疲れたなぁ」 あくびをかみ殺し、目を擦りながら、また捲る。 今日の儀式みたいなのは、すっごく僕を疲れさせて、普段寝る時間より結構早いんだけど、すでに睡魔が僕を襲っている。うー。眠い。 そろそろとお茶を向かい合って飲んでる二人を眺める。 うぅー、まだか……。 また、本を捲る。 ――これが、あの子が言ってた、“げんじつとーひ”って奴なのかな。 確かに、見たくもない光景から、ぐいっ、と意識を本の方にもっていってるんだけど。 「まだやってる……」 逃げたくとも逃げ場がないから、もうこうするしかないのだ。 夜だから、分家の友達の所に逃げるわけもいかないし……。 ちなみに。 当たり前だけど、ここは僕と父上と母上の邸の寝室。居間に逃げればいいじゃん、って言われるけど、すっごくでっかい居間は一門の人で共有で、今は分家の大人達が酒盛りをしてたから逃げようがないのだ。だって、怖いし。 それに、僕の方がちっちゃいのに、皆“慎様”っていってきて、なんだか嫌なのだ。 宗家と分家とか、僕にはあまり理解できない。でも、僕が、そんな風に呼ばれてるのだから、宗家の方が偉い、って事になってるんだろうなぁ。多分。 でも、僕達子供には関係なくって、紅一門の宗家の当主の子供である僕と、その分家である僕の友達は何の気兼ねもなく遊んでる。時々大人とかが叱りに来るけど、僕が殿に立つと一瞬怯んでくれるから、皆その間に逃げて、僕もさっさと退散してしまうのだ。 その様子を大人は困ったように見ている。 関係するのは大人だから? そう考えるとちょっと悲しかったりする。 で、その宗家の一番上にいる父上と、その隣にいる母上が、僕の存在をすっかり忘れたままで言い合いをしていた。 「だから、慎にはまだ早いでしょう!」 「一族の地位向上にはより早いほうが良いに決まっている」 冷静そうに見えるけど、それも次の母上の言葉に一気に剥がれてしまった。 母上は意地悪そうに笑った。 あーあ、父上かわいそう。 こういう時に言う事ほど、父上にとっては結構重症な言葉だったりするのだ。 「……十二歳になってようやくサラマンダーの紋章を付けたのは、何処のどいつでしたっけねぇー。痛いからって、ずっと避けてたわよねー?」 案の定、父上の化けの皮? が剥がれてしまった。 冷静を装って、お仕事の書類みたいなのを見てたけど、それからぐわっ、と視線をずらして、母上の方に焦ったように叫んだ。 結構悲痛だ。 母上意地悪だなぁ。 「お、お前! それは言わない約束で!」 だったらしい。 へー。父上、泣き叫んだんだ。 “けいしょうのぎ”で。 そうだとすると、僕がやる“けいしょうのぎ”も痛いのかな。辛いのかな。 十二歳だった父上が避けてた、っていうなら、僕は泣いてしまうかもしれない。 どれ位痛いんだろ。 うーん、分かんない。 あわあわとしている父上をじと目で母上が見据えて、ぼそりと言った。 「――その半分の年齢の息子にやらせようなんて、正気じゃないわ」 「だから……。慎は強い子だ。あの苦痛にも耐えれるはずだ」 そうなの? なら泣かないかな。 ちょっとだけ気分上昇。 でも、また母上の顔が意地悪気になった。まだ、苛める内容あるんだ……。 うー、父上可哀想……。 「サラマンダーとの契約で泣き叫んでたのは誰でしたっけー?」 な、泣き叫んだんだ、父上……。 え、僕大丈夫なのかな? 六つも上な父上が泣いたのに、僕はどうなっちゃうんだろ……。 暗雲が立ち込める。 どうしよう……。 僕の事は知らず、父上がさらに青い顔になった。 周りをぶんぶんと見回し、“しるふ”を使おうとしてたのかな? 手を前に差し出すけど、母上が面白そうにくるくると指を回して、そしたら父上ががくっ、となった。 あ、よくやってる、“しるふ”の奪い合いだ。 父上が奪い合いに勝ったことが見たことないから、多分、今回も顔を見る限り、負けちゃったんだ。 何で、勝ち負けが分かるかといえば、父上の顔が凄くわかりやすいから。 父上は活発だ。 がくっ、となってたのに、今度は凄い勢いで母上に詰め寄った。 「静! 俺との約束はどうした!」 「息子の大事だもの。それの前なら紙にも等しいわ」 母上は涼しい顔。悪びれる色さえ浮かんでいない。 って、大事ってことは、そんなに“けいしょうのぎ”は凄いものなんだ……。 へー。 「その前に一族の大事だろう」 父上がツバを飛ばさんばかりの口調で、母上に反論する。 それでも母上は冷ややかだ。 目が凄く冷たい……。 「それを言うなら貴方の大事じゃなくって?」 「そんなことはない」 「ウソおっしゃい。さっきの儀式で鼻の下が伸びてたわ」 ぶんぶんと首を振る父上に対して、母上は一刀両断してしまった。 びしっと指した鼻の下を父上はつい押さえて、くすくすと、母上が笑っているのを見ると、ムキになって反論する。 「そ、それはな――」 「いに決まってるじゃない。ウソよ。うーそ。にやけきってたのは否定しないけどね。政を司る、赤の座? 貴方が付くなんて十年はやいわ」 「……俺を馬鹿にするつもりか?」 空気が凍りついた。 え、え? こんな所で喧嘩しちゃうの?? 母上と父上の喧嘩は、怖いからあんまり見たくないんだけどなぁ……。 友達に言ったら、お前ずれてる、って言われたけど、僕の感想というか、正直な思いといえばこれだ。 だって、父上が凄くすごーく、かわいそうなことになるんだもん。 ちょっと前に起きた夫婦喧嘩? は、怖くて怖くて、僕は物置の中にかくれてたんだ。 母上のドスの聞いた声が怖くてね……。 そしたら、同じトコに父上が逃げてきて、その時の父上の狼狽振りは凄く面白かったんだけど、そのせいで母上にばれちゃって、でも、僕がいたことが母上のツボに入ったらしく、その場で仲直りしてた。 あの時は、母上が機嫌直してくれたからいいんだけど……。 父上も懲りないなぁ。僕は、心臓が縮みそうな気分になるから、すっごくやめて欲しいんだ。僕が言ったところで何も起きないから、――前言ってみたら、慎は早く寝てなさい? って、母上の笑みで黙らされてしまったのだ――何も言わないけどさ。 あ、でも、これは僕に関係すること? で喧嘩してるなら僕が言ったら止めてくれるかな? 淡い希望が出てくるけど。 ――母上なら無理な気がする……。 自分で思って、自分で潰してしまった。 だって、母上なんだもん……。 怒気を散らす父上。 その様子を母上は上から下まで見回すと、邪気の無さそうな――実際にはすっごくある笑顔で凄まじいことを言い放った。 「二十年前から馬鹿にしまくりだけれど?」 父上唖然。 口がぱっくり開いてる。 僕は凄く御腹が痛かったりする。母上、最高……っ。 やっぱり、母上は一枚どころか、何千枚と上だったようだ。 すっかり毒気が抜かれ、さらに気力も奪われた父上は、がっくりと肩を落とし、ため息をついた。 「……そうだったな……」 「えぇ、忘れてもらっては困るわよ。貴方。――だから、私が譲らないことも分かってくれるかしら? 三年待っても、特に困りはしないはずよ?」 「……いや、三年はでかい」 「どこがよ。貴方の力不足を埋めるのにはいい準備期間じゃないの」 「栖栗の一門が台頭してきている」 「だから次の赤の座がとられちゃうって? 弱腰ね」 母上は笑い飛ばすと、一転怖い顔になった。 「それで慎を土台にしようって?」 「……そうは言ってない」 「違うのかしら? 私にはそうにしか聞こえないわ」 母上の周りの温度がすっごく下がった。 怖い。 母上怖いよ。 思わず声が上げてしまった。 「母上!」 その瞬間、母上がびくっ、となり、僕を見て額を叩いた。父上も同じようなことをしている。 「あ……。しまった……」 「シルフでやってないのか!?」 「貴方こそ! ――あぁ、そうよ、失念してたわ……。ごめんね、慎。もう眠かったでしょう?」 「ちょっと、ねむい……」 本当は今すぐにでも寝たいけどこれだけは言っておこうと思うんだ。 布団を引いて、僕を寝かせる準備をしている母上の服の裾をひっぱる。 「あのね、母上。僕、早く“しるふ”と会いたい。精霊さん達と、神獣? さんとも会いたい」 動きが止まった。 こちらを向いて、驚いたように母上が僕を見る。 「慎……。――すっごく痛いわよ? 多分泣いちゃうわ。もう嫌だ、って思うわよ? それでもやる?」 母上の言葉が反芻される。 想像してみるけど、それ以上の痛みなのかな……。 そう思うと、やりたくないなぁ、という気持ちも出てきて、うぅー、と思ってしまう。 けど、僕の中で好奇心が疼く。 巫王様の言葉が戻ってくる。 見れたら、きっと、楽しい。 「我慢、する」 「そう……。それもお前の選択よ? いいわね」 「うん!」 「私はあまり良くないと思うけど、慎はやりたいのね? ……それなら、止めない」 母上は諦めたように踵を返す。 僕はやっと、言えた、と思うと凄く眠くて、さっさと布団の中にもぐりこんだ。 今から考えれば、なんて重い選択を僕は軽々しく選び、それを容認してしまう母上もどうかと本当におもう。 母上からすれば、六歳といえばもう考えれる歳、というかなりずれた認識であるからしょうがない、と言ったら……しょうがなくないと言いたいな……。 ともかく。 僕はこの選択を、長い間後悔することとなる。 |
← 目次 → TOP |
あとがき? のちがき? さきがき? 少し寝ぼけてるので、明日以降に修正版だすかもです(汗 慎の一人称は難しいです。 序がおわったら、すぐに三人称にもどしたいです。 (体裁上これでやらなきゃだめなのでしたorz |