精霊と神獣と人と。 三つが手を取り合い、干渉しあった世界。 これをわが国の始まりとする。 ――始祖百合の言葉より。 何がおこったんだろう。 父上に手を引っ張られ、隣の軍服に身を纏った母上に宥められながら僕は思った。 先ほどの儀式のせいで、父上がどこか興奮している。母上は、何か心配そうだ。 自分では何が起きていたのかがさっぱりで、どうして二人がこんな顔をしているのかが理解が出来なかった。 「ははうえー?」 「ん? どうしたの、慎」 「さっきの何だったの?」 首を捻って僕は問う。 先程の“ナニカ” この国、神精巫国の都の、真ん中に位置する、真っ白な石で作られた神殿で僕はなにかをされていた。なにをやられてるかは、正直良く分からない。 偉い人達が何かを視るようにして、僕を囲んでるだけだからだ。 少し光ったように見えたけれど、それは多分、母上がよく言っている“ジン”とかいうモノなんだろう。 その真ん中に立たされ、僕はどうしたらいいか分からずそのまま突っ立っていたら、真正面の男の人が、キリン、と呟いた。 キリン? 母上が話してくれたお話のキリンなのだろうか。 それとも? 良く分からないまま、周りの大人たちが騒ぎだす。 「麒麟だ!」 「三百年に一度の光臨か」 「厳殿。良いお子を儲けられた」 「これからが楽しみだ」 「赤の座は約束されたようなものですな」 言ってることが良く分からない。 せきのざ? 三百年に一度? そもそもきりんって何? 母上の方を見てみれば、不安そうな目で僕を見ていて、僕と目が合うと、安心させるような笑みを浮かべてくれた。母上のそんなところが僕は好きだ。“たいちょう”さんで、強い母上が。 父上と言えば、 何処かそわそわとしていて、落ち着きがない。 周りの男の人達から肩を叩かれ、そのたびに嬉しそうに笑う。 母上と違った笑みのように感じたのは気のせいなのかな? 僕の方を見て笑ってくれたけれど、母上みたいに全然安心できない。むしろ、ぞわっ、ってした。 父上の笑顔でそんな事感じたこと無かったのに。 首を捻る。 なんなんだろう? あたりはまだ騒々しくて、凄く煩い。 僕に期待するような、羨ましがるような視線を送ってくる大人がたくさんいる。さっきの“変なの”が何か関係してたのか。 未だ陣からは出してもらえなくて、いい加減僕は飽きてきた。 母上に視線を向けても、ごめんね、という声を“しるふ”に乗せて、耳元に運んできてくれただけだった。正直、僕はこの”しるふ“の仕組みを知らなくて、なんでこんなことが出来るかが凄く不思議で仕方なかった。聞いてみても、精霊さんが運んでくれるのよ、としか母上は教えてくれなかったけどね。 母上にはその精霊さんが見えるみたいだけど、僕には全く見えないから、ずるいな、と思う。 ちなみに、父上は見えるけど、へたくそ。 時々、母上が、まーた、あの人受信に失敗したわね……、と呆れたように言うのを聞いたからだ。 精霊さんは、人によって、教えてくれる早さとか、ちゃんと伝えてくれるかが違うみたいだ、ってその時思ったんだっけ? 人間みたいだね、って言ったら、そうね、それ以上に気まぐれで面白い子よ、と優しい笑顔で母上は言った。父上は、不貞腐れた顔で、その分意地悪で、人の話を聞かないけどな、って言ってた。 あーあ。 僕も見て見たい。 二人とも、ううん、一族の皆、僕より年上の子は、精霊さんや、神獣さんが見えるらしい。 前に中庭で誰かが話してるのを聞いたからだ。 慎ももう少ししたら見えるようになるよ、って、その子は言ってくれたけど、今日がその儀式なのかな。 随分経ったように見えるけど、まだ母上は僕の所に来てはくれない。だから、まだ終ってないとは分かるんだけど。 飽きた。 飽きた。 何で終らないの? ずっと喋ってる大人達。終らない儀式。終らない拘束。 ――もうちょっとで、終わるわ。我慢してね、慎。 “しるふ”から送られる、母上の言葉。 笑みとも、苦笑いとも取れる表情をしているのが、周りの大人達の隙間から見えた。 喋ってるだけじゃんか……。 ぼそっ、と呟けば、母上と、その隣に居た、母上の部下って言う人がちょっとだけ笑っていた。その人も“しるふ”から僕の声を取ったらしい。 「何を待ってるんだろ……」 そう言った瞬間だった。 カツン。 石畳の神殿に、固い靴の音が響いた。 後から聞けば、これも精霊さんの効果のお陰だったらしい。 ともかく、その音だけであたりは静かになった。 蜂の巣を突っついたみたいに騒々しかった声が一瞬のうちに無くなり、大人たちはそろって、まるで僕に向かう道を作るかのように壁際に寄ってしまった。 開放される、と思ってた僕は戸惑うしかない。 目の前を見つめる。 段上にあった布に囲われた席。 僕は大人の壁に阻まれてその存在をその時に気づいたのだけれど、そこから白い服を纏った女の人が出てきたのだ。 その人が歩く度に、服に付いているらしい鈴が、シャン、と綺麗な音を鳴らす。 お月様の光のような髪の毛が何故か風に吹かれているようにゆれていて、凄く不思議だった。 「……誰だろ?」 大人達は、その人が前を通り過ぎると、胸に手を当てて、最高位の礼をしていて、そこからこの人が偉い人、ってのは分かったのだけど、それでも僕にはこの人が誰なのかよく分からない。 父上は、陛下、とうやうやしくお辞儀をしていて、母上は滅多に見せない敬愛の念? と言うものを覗かせていた。 ますます良く分からない。 そのうちにその人は僕の目の前に来ていて、にっこりと僕に向かって笑ったのだ。 一応僕は、全く理解していなかったけど、ちんまりとお辞儀をしておいた。 後から聞けば、父上は面白い位僕の対応に蒼くなってたらしいけど。 「厳殿の息子の慎くんね?」 「そう、です」 「緊張しなくて良いのよ?」 その人は、僕の目線に合わせてから、また微笑んだ。 「緊張は、してないよ?」 大人達が目を剥く。あれ? 目の前の人に視線を向けても何もなかったので、僕は気にしないこととした。 この人は、あらあら、大物ね、と言うと、僕の頭の上に手を置いた。 「貴方はね、麒麟、っていう、すごい“神獣”に気に入られたのよ。おめでとう」 「きりん、ってあのきりん?」 この国を作った、っていう。 そう言ってみると、えぇ、と首肯してくれた。 全ての神獣を統べる、神獣の王。それが麒麟。 僕は、それを聞いて、うーん、と唸り、それから少し気になったことを聞いてみた。 僕としては結構大事。 「なら、母上みたいに、“しるふ”とお話できるようになる? 見えるようになるの?」 その人は、一瞬だけ固まり、それからまたコロコロと笑った。 よく笑う人だなぁ。 「えぇ、そうね。貴方にとっては、まだ唯の不思議な術だものね」 おかしそうに笑い、僕の頭をなでてくれる。 母上と何か似てる。 「私の娘もね、貴方と同じ事を聞いたのよ? 精霊さんとお話できるようになる? 見えるようになるの? って」 「娘さん?」 また頷く。おてんばなんだけどね、と彼女は優しげに目を細める。 あぁ、その子が大好きなんだなぁ、と僕でも分かった。 「貴方と同じ位の年の娘よ。会ったら仲良くしてあげてね」 「うん!」 「それで。結論から言えば、見えるようになるし、お話できるようになるわ。それも、シルフだけじゃなく、すべての神獣と精霊がね」 「すべて?」 “しるふ”だけが精霊さんじゃないんだ。 それに、神獣?? やっぱり良く分からない。後で母上に聞いてみよう。 「そう、全て。シルフだけじゃなくって、沢山精霊はいるのよ? どの子も優しくて、可愛い子だから、きっと貴方は好きになるわ」 「ほんとに?」 「ほんとによ。お話すれば、好きになると思う」 また、僕の頭を優しくなでてくれた。何か、母上みたいだ。 後ろから、陛下、という声がして、その人は中腰から、すらっと真っ直ぐ立つ。 「厳殿、静。ご子息の“麒麟継承”おめでとう」 「光栄でございます、陛下」 「ありがとうございます、巫王様」 父上も母上も膝を床について、頭を下げている。 「継承の儀はいつにするのかしら? ご子息は幼いようだから、後2、3年待ってもいいかもしれないわ」 「えぇ、その件ですが――」 母上が顔を上げて何かをいいたそうにしている。不安そう? なにかしら? と、巫王様? が言いかけた時だった。 「いいえ、陛下。恐れながら、継承の儀は、ウンディーネの月に行います」 「! 貴方!」 「静、お前は黙ってなさい。――慎が麒麟に選ばれたということは、麒麟も早くこの世界と繋がりたい、と思った証拠でしょう。早めに執り行うべきかと、存じます」 「……継承の儀は、かの世界の者と繋がるため、苦痛が伴うわ。麒麟ならば、想像を絶すると思うわ。それでもご子息にやらせるのね」 「慎ならば、耐え切れると思う次第です」 「……まだ五歳なのよ! 慎は」 「一族の事に口を出すんじゃない! 長は私だ」 「――二人の意見が纏まっていないようね。纏まってから私に報告してくれれば良いわ」 「陛下、しかし私は――」 呆れたように返してきた巫王様に対して、父上が不満そうに言った。 そしたら、彼女はにっこりと笑ったのだ。 ……なんか怖い。 僕は一歩引いた。 「一族の者の意見をまとめるのが長の仕事じゃないのかしら? それとも、一族の意見がバラバラの状態で、一族の意向を示すのが貴方のやり方?」 それだけ言うと、父上は何も言わず、拳を握り締めて頭を下げた。 あぁ、あれはなんか拗ねた時の父上だ。 「いいわね? ――じゃあ、この儀式はこれでおしまい。紅の方々、ご苦労様。慎、貴方に精霊王の祝福と、麒麟の加護があらんことを」 最後に彼女は僕に向かって笑いかけ、踵を返した。 シャンシャン、と鈴の音が響く。 何故か、その身体がふわりと浮くと、彼女は楽しげに何処かへ去っていった。 不機嫌そうな、父上と母上を尻目に、僕は最後のあの人の笑みは怖くなかったなぁ、と思った。 |
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