間章 場所は変わって、都の中心、神殿にて。 そこは巫王がおわす場所として、大勢の神官や兵士が常に存在する。。 神殿周りを守る神殿兵から、巫王の身の回りを世話する上級巫女、儀式を指揮する神官まで様々だ。 その中でも、やはり階級は決まっていて、その階級によって、入ることが出来る階層が定まっている。 ――そんな神殿の最深部。 大きな陣が引かれたそこに、純白の衣を纏った女性がいた。 ゆったりとした衣は、一見、質素なものにも見えるが、よくよく見てみれば上品な光沢があり、最高級の絹で出来ているとわかる。そして、所々に小さく光る装飾品は、繊細な細工を凝らした純金だ。 目も眩むような豪勢さではあるが、この人にかけては当然である。 巫王、由華。国の象徴であり、元首である彼女ならば、それら装飾も普通のものとして付けられる。本人が嫌がっていても、だ。 彼女は、陣の真ん中に座り、膝をついて何かを祈っているようにも見えた。 陣は、大理石の床に深く刻まれている。様々な円の複合体で成り立っていて、それぞれの円や色が各属性を示しているようである。 今は水色と、茶色が薄く発光している。――つまり、風と土に干渉しているのだ。 彼女の額にうっすらと汗が浮いた。 発光が次々と移る。 眉が寄る。何かを見つけたのか。 その様子を、脇で、一人の男が見守っていた。 動きやすい軍服に身を纏ったその男は、やはり、装飾品が豪華であった。また、勲章が無造作に六つ付けられている。 軍部の頂点に位置し、巫王の夫という立場のその男は、名を蒼輝と言う。 一振りの剣を佩いた彼は、陣から数十歩はなれた柱によりかかっている。 由華が、小さく息を吐いた。 と、同時に、密やかに発光していた光も消えていった。 男は、それをみとめると、すたすたと彼女の元へ歩いていく。 その間にも、由華はすとんと座りこみ、衣装とは反対色であるその髪を力なく結い上げていた。 「……大丈夫か?」 膝をついて、彼女を見つめる視線は優しい。軍部内では、“鬼”と称される彼だが、今はその気配が欠片もない。 由華は、深呼吸を数回繰り返すと、夫の方を見て微笑んだ。 「情報量が多くて疲れちゃったわ。それだけよ」 「そうか」 安心したのか、眦を下げる。 そうして、適当に結ったせいか、ぐしゃぐしゃになっている妻の髪を撫でながら, 陣の上に座り込んだ。 由華は苦笑を漏らす。 「神官長が見たら卒倒モノね。私以外の人が陣に触れるなんて! って」 「あいつはここには入ってこれないから大丈夫だろう?」 「貴方も、あそこの柱までのはずよ?」 「陛下がお疲れのようだったから、駆けつけたまでですが」 「嘘おっしゃい」 急に口調を変えて真面目ぶる夫に、巫王はくすくすと笑い出す。 総帥も真面目ぶっていた顔を崩し、小さく笑っていた。 しばらくして、由華の方が、何かを思い出したのか、声をあげる。 「? どうかしたか?」 妻に前を向かせ、酷い仕上がりになっていた結い方を直していた蒼輝は、手櫛で彼女の髪を梳きながらも問いかけた。 くるりと夫の方を向きかけて、すぐに押さえつけられる。 「動くな。さっきみたいな酷い仕上がりになるぞ」 「……そんなに酷かった?」 「巫女たちが卒倒しそうになるくらいには」 内心で、自分が結っている情景も、軍部の奴らに見せたら卒倒しそうだな、と思いながらも彼は言う。 夫の断言で大人しくなった由華は、光の精霊を呼び寄せる。 薄暗かった二人のいる場所が、ささやかながら灯される。 「第三部隊、隊長分かる?」 黙っていた由華が口を開く。 その内容に、蒼輝が抗議の意と呆れを込めて、ピタリと手を止め、ため息をついた。 「陛下は、俺を能無しと仰りたいらしい」 「そんなこと言ってないわよ」 「いや、同義だ。組織を把握してない、と言いたい訳だろう?」 「だから!」 「……冗談だ」 抗議のシルフの攻撃が脳天に直撃しかける。 咄嗟に避けた夫に、由華は舌打ちを漏らした。 「……巫王が舌打ちとかするな」 「他に誰もいないのに?」 「それこそ巫王が言うことじゃないぞ? シルフの存在だって」 「――ここが陣の間なのに?」 陣の間は強力な結界に囲まれた部屋である。また、この部屋に入れるのは、巫王と総帥のみ。そんな場所で盗み聞きなどしたら、不敬罪で捕らえられるのがオチだというのに? と言いたいらしい。 蒼輝は、参りました、とばかりに苦笑を返した。 「それで? 佳良の女丈夫の事だろう? それがどうかしたか?」 「……佳良? 彼女、実家に帰ったの?」 また後ろを向こうとして止められながらも、由華は不思議そうに首を僅かにかしげた。 蒼輝は、それを違う違う、と否定する。 「軍部だけな。所属は、実家にしたいと言って来たから、その通りにしてやったんだ」 「……ややこしいわね」 「まぁ、成果は出してるから、問題はないさ。……話がずれまくってるぞ。自分で言っておいてずらすな」 「あらら? そうだったわね」 「お前な……」 「――中央の原石が消えちゃったわ」 呆れ顔だった蒼輝の顔が固まる。 抽象的な言葉だったが、通じたらしい。 「またか……っ。懲りん奴らだが、さらわれるほうも、さらわれるほうだ!」 結いかけていた髪を手早く済ませ立ち上がる。 「……穴の方向は」 「南東。なりかけちゃったのよね」 上流貴族達には、それぞれの領地があり、方向が定められている。 最高位は紅を含む四家。 彼らには、東西南北が割り振られている。 そして、その下の四家。北西、北東、南西、南北と続く。 東南に位置するは、――蘇芳の色。 「……あの馬鹿どもが」 「――蒼輝。駄目よ」 走り出しそうになっていた夫を、彼女はシルフで捕まえる。 「悠長な事言っている場合か! 中央の玉を盗られたら」 「駄目。貴方が動いたら目立ちすぎるわ。軍部の動揺はどうするつもりなの」 総帥が動けば、事はさらに大事になる。 軍を使っての捜索。それで見つかるならばいいだろう。だが、反対の効果も懸念される。 何より、相手は、名のある貴族。大義名分をつくり、確実な証拠を押さえなければ、こちらを攻撃する格好のえさを上げることとなってしまう。 その事が簡単に予測できるだけに、由華には、総帥を動かす、ということは出来ない。 それが、例え、国の至宝、――獣王が掛かっていたとしてもだ。 蒼輝も理解はしているはずである。 しかし、彼は深く唸ったままだ。 「だがな……」 弱りきった顔で彼は額を叩く。 「……佳良の隊長は、キレられると、相当性質が悪いんだよ。前回は、相当恨まれたからな……」 今代の契約者は、報告を受けているだけで、3回ほど誘拐されているらしい。繰り返されるごとに、どんどん冷えていった、シルフ越しの彼の目を思い出し、由華は目をきつく瞑った。……同じ親として、協力してくれないものを恨んでしまうのは分かる気がした。 あまりに、忍びない。 「……玉をどう扱うかが問題ね」 契約者が万が一死んでしまったら、そこで今の代は終わりである。200年経たないと、かの王は決して降りてこない。 御伽噺にもなってる位だから、契約者を死なせる、という暴挙には出ないと、由華は信じていた。だが、かと言って、“死”よりもいやなことがあるというのは、事実である。 「だから俺は――」 「適材適所、という言葉あるわ」 蒼輝の言葉を遮り、由華は、柱の方へと、視線を向ける。 つられて蒼輝も向けて、顔に手を当てた。 ついでにため息もだ。 「……何をやってるんだ?」 「さあ。何か楽しいことでもあるのかしらね? ――姫宮」 誰もいないはずの、柱の方向を見て、由華はにっこりと笑った。 「反応はしなくていいわ。玉――紅一門の子息、慎を救助なさい。それと」 「……蘇芳の証拠も取っておけ。それは、後ろの馬鹿騎士に任せよう」 ――俺のせいじゃないです!!――手綱を握っておけと言っただろう、隼人。 ――この姫さんの手綱!? 締めていいならやりますが! ――許可しよう。 ――はぁ……。御意に。 あ! 桜花、先行くな……! 表面上はひっそりと気配が消えていく。 完全に消え去った後、大人二人の表情も厳しくなる。 「……シルフであいつを捕まえてくる」 「佳良の方向に見えたわ。……私は邸を探ってみる」 「……奴らの邸はとんでもない数だから、無理はするな。俺も終わったら加わろう」 「お願いね。……戦闘は黙認の方向で」 「了解した」 立ち上がった彼女は、もう一度陣を見つめる。 はだしのまま、水色の陣の中央で座る。 「……もう一度言う。無理はするな」 「善処するわ。――……獣王の契約者は、あの子なのよ。覆しはさせてなんかあげない」 「由華?」 「……なんでもないわ。行って」 巫王は目を閉じた。 |
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