継承の儀が終わった瞬間。

 僕満面の笑みで迎えてきた父上の隣を突き放す勢いで通り過ぎた。

 声なんて聞こえない。

 後ろから、どうしたんだ! って、声が聞こえたけど、まるっきり無視した。

『何かあったのか?』

 水色が僕の隣に来て、父上の言葉をくっつけてきた。

「うるさいよ……。どっか行って……」

 頼んでもないのに、僕の周りのシルフが、他のシルフを叱って、どこかに追いやってくれた。

 ありがたいと思ったけど、この力が、って言うループに入り込もうとしてしまって、僕はぶんぶんと頭を振った。

 途中に、使用人たちがやってきて、お疲れでしょうからお部屋にお戻りを、と言って僕を引き止める。

 僕は見上げた。

 何故か使用人たちが、驚いたように目を見開いている。

「慎、様?」

「……どいて」

 肩に置かれた腕が鬱陶しい。

 子供の力じゃ動かせない、そう思ったのに、触れた瞬間にどかされて、何だか悲しい気分になった。

 見てみれば、何かに恐れるような目。

 悲しいけど、僕は笑ってしまった。

 道具扱いの次は化け物扱い?

 何それ……。

 突っ立っている隣を通り過ぎた。

 玄関にある下駄を取り出して、そのまま外へ飛び出す。

 シルフが、飛ぶ? と聞いてきたけど、僕は首を振った。

 力を使ったら、さらに肯定する事になってしまう気がしたから。

 後ろから、さっき固まっていた人達が何かを叫んでいる。

 知らないふりをした。

「あやまれなかっ、た」

 彩芽がせっかくいってくれたのに。

 僕が、人に会う事が怖くなってしまった。

 きっと、芹に会ったら、彼の事も疑いの目で見てしまう。

 悲しくて、恐ろしい。

 今だって、片隅では友達全員を疑ってるんだ。

 そんな事は絶対ありえない、って知ってるのに。

 無意識のうちに足は動いていて、目的の場所を目指していた。

 芹や彩芽と一緒に遊んだ、大きな木のある広場。

 ついた瞬間に、いろんなことが脳裏を過ぎって、じわりと視界が滲んだ。

 悔しい。

 さっきから泣いてばっかだ。

高い木の上。

 一番登りたかったけど、芹に止められていかなかった場所。

 木の幹に手をかけて、洞に足を入れて登りだした。

 いつもは、隣に誰かがいて、落ちないように見ていてくれたけど、今はたった一人で登っている。

 周りのシルフが、導主頑張れーっ、と言ってくれてるけど。

 木の破片が手にささり凄く痛い。

でも僕は無視して登り続けた。

 分家の大人がぞろぞろとやってきて、僕に降りてくるように言ったけど、無視した。大人の周りのシルフの声だって無視した。全部全部無視した。

 無理矢理下ろすような突風。

 直にやってきた大人。

 全て拒否して、上の方でも座れる枝に腰掛けた。

 手の皮がズルむけてて痛かったけど、泣くことだけは我慢した。

もう、いやだったから。

「馬鹿、やろう……」

 あんなに憧れていたシルフの声も、全てが視えるこの目も、今は煩わしくて仕方がなかった。

 下に居る大人も、"この力の僕を心配してるだけ。

 居なくなったら、麒麟もどこかへ行ってしまうから。

「慎様!」

「お疲れでしょう? 後生ですから降りてきて下さい」

『しーん? どうしたのー?』

 分家の声も、可愛らしいシルフの声も,煩くて、鬱陶しくて、僕の頭をかき乱す。

 シルフには、精霊さんには、麒麟に対しては、この態度はただの逆恨みだって。

そんな事は、幼い僕だって分かってた。彼らは何にも悪い事してない。

 けれど、考えずにはいられなかったのだ。

 水色の玉が。

 多種多様の玉が周りを飛び交っているのを。

 近くに麒麟が寝そべっているのを、感覚的に察知するたびに。

――僕は? 僕は何だったの?

麒麟を宿すための、ただのオマケ? 

これまで注いできてくれた愛情は、このためだったの?

 空しくて、悲しくて、どうしようもない。

 我慢してたのに涙が溢れてきて、その事が凄く悔しかった。

「……信じない」

 もう、きっと誰も。

 信じない。

 信じられない。

 一瞬見た麒麟の嬉しそうな目が頭を過ぎる。

 でも。

 でも。

 もう、このどす黒い感情はどうすることも出来なかった。

 唯僕は、……怖かったのだ。






 ――こうして僕は、国一番の栄誉を手に入れ。
 

 等価として、人への信頼感を全て手放した。

 

 そうするしか、自分を守れなかった。
 
 ――それくらい、僕は弱かった。 



 





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