4.       前触れ

 

 放課後になった。

 皆暇なのか、部活を引退したからか。

 教室から出る様子もなく、だらだろとしていた。

 私もその一人で、まだ部活は引退していないけれど、今日はたまたま部活の無い日だったので、その仲にまざってだらだらとしていた。

 春日は春日で、私のお菓子を相変わらず摘んでいる。

「よく太らないわねー」

「家まで徒歩だからねぇ」

「何分だっけ?」

「一時間」

「自転車使いなさいよ……」

「兄貴にとられちゃったのー」

「取り返しなさい」

「めんどーい」

 たっくんに乗せてってもらうしいーの。

 さらりと惚気を出すな、出すな。

 顔をしかめれば、さらに笑みを深めた。

「仲が相変わらず宜しいようで」

「喧嘩はしてないね」

「そこは賞賛するわ」

「私を?」

 えっへん、とか、わざとらしく胸を張ってみせる彼女に醒めた目を向ける。

「宮嶋君に」

「えぇええ!」

「春日のに怒らないなんて随分と寛大ね」

「それは酷くないですか朱里さんや」

「そうでもないとおもうけど」

「でも、朱里も怒らないじゃん。時々怒るけど、ふりだし」

「慣れよ、慣れ」

「じゃあ、たっくんも慣れじゃないー?」

「よく堪忍袋が切れないわね……」

 ひどいいい!

 春日の声を全て無視して、私はしみじみと呟いた。

 この子との付き合いはそれこそ小学校からで、ずっと一緒、って訳では全くないけど、適当な距離を保って友達をやってきた。

 だからこそ、この子のあしらい方は理解してるし、あちらも理解してるのだろうけど。

「宮嶋くん、大変ねー」

「だからぁー!」

 多少涙目になった春日が、私にくってかかる。

 と、そこにバイブ音。

 春日がぴたっ、と止まって私に目を向ける。

 首を振って、彼女の鞄を指差す。

「春日のじゃない?」

「かな?」

 鞄の中にいれっぱなしだった、という携帯を取り出し、彼女はびしりと固まった。

 それから、猛烈な勢いで電話をかけ始める。

「うあああ、たっくんごめん! ほんと、ごめん! ゆるしてええええ!」

 ……なにかしでかしたらしい。

 クラスの子も何事か、と春日を凝視する。

 が、彼女はそんな事を気にした様子も、むしろ気にする余裕すらないらしく、電話ごしの相手にへこへこと謝っている。

 さっきとは違い、本気で涙目だ。

「うん、うん、ごめんね! 後でアイス奢るから!」

 かすかに漏れてくる声は青年ので、あぁ、宮嶋くんか、と私は一人納得した。

 なので、春日の机に寄って、彼女が持って帰るであろう、ノートと教科書を鞄の中につめてある。

 私がやっている間も上では会話が続いている。

「いやだああ! 私の気がすまないから奢らせて!」

 穏やかな声が漏れ聞こえる。

 人が安心するような、そんな抑揚だ。

 何回か会ったことがあるけれど、確かにそんな声が似合う人だった。

 穏やかで、高校生らしくない度胸の持ち主で、何処か春日とぴったりな雰囲気を出していた。

 一応は会話が終わったらしい。

 涙目の春日が、ぶっつりと電話を切って、すぐ近くにいた私に仰天する。

「朱里!?」

「荷物積めて置いたからいきなさい? 待たせてるんでしょ」

 図星だったらしく、うめき声をたて、それから私にありがと、と言うと、鞄を掴んで、一目散に玄関の方へ走っていった。

「見事な走りっぷり」

 流石元陸上。

 変に感心してしまって、後姿が小さくなるのを眺めていると、クラスを代表したようにあの人が私に声をかけてきた。

 どうやら、さっきの騒ぎの元の事を聞きたいらしい。

「城井さんどうしたの?」

「さぁ?」

 わざと私はそういった。

 だって、話して良い、とか春日に言われてないし。

 明日来て、いきなり宮嶋くんの事を聞かれるのもびっくりするだろうから。

 薄く笑みを浮かべるだけで私は答えなかった。

 彼は少しだけ目を細めて、首を傾げる。

「知ってるようだったのに?」

 周りも控えめに頷いてくる。

「誰だったの? 彼氏?」

「えー、城井さんって付き合ってるのー?」

「いいじゃん、教えてくれたってさ」

 内容は凄くずうずうしいものだったけれど。

 これ言わなかったら、結構なパッシング受けるかな。

 いや、でも。

「私は詳しいこと分からないわ。明日春日に聞くのが一番確実だと思う」

「でも、知ってるみたいだったじゃん」

「友達の交友範囲までは把握してないもの」

「……ケチ」

「なんとでも。私は詳しくは知らない。それだけよ」

 友達の情報を売るなんてまねは出来ないわ。

「興味あったのになぁ」

「ねー、馨君」

「不知火さんケチだなぁ」

「明日城井に聞いてみようぜ」

 微妙な視線を受けつつも、私はそ知らぬ顔をした。

 特に話すこともない。

 無視されたって、あまり痛手でもないわ。

 だって、元から教室内では春日位としかしゃべってなかったし。あぁ、もちろん、それ以外の場所だったら結構喋るよ?

 時計を確認する。 

 バスの時間までは後一時間。

 図書館に行っても、すでにそこは閉められてるはず。

 立ち上がりかけた足をそのまま地面に押し付け、教室にまだいることにした。

 本を読み出してしまえば、周りの声なんて騒音でしかなくなる。

 騒音なら無視が出来るからまだ楽だ。

 未だぐちぐちと言っている周りを総無視して、私は読みかけのルブランを取り出した。

 春日の言葉が頭を木霊する。

 ――朱里って、顔を窺う、って言うけど、その割には無視するねー。空気読めるけど、読まない、みたいな。

 今、正にその状況よ。

 見えないくらいの笑みを浮かべた。

 でもね、終わりにしたの。

 窺って、その通りにする行動は。

 だから、一見マイペースに見える行動をする。

「どこまで読んだかな……」

 痛い視線。

 ノリわるいなぁ、そんな言葉が聞こえる。

 いつもは春日が遮ってくれるけど、今はいない。けど、それがどうしたの? 潜ってしまえば意味はないわ。

「ほんと、誰だったんだろ」

「さぁーね」

「あ、そういえば今日のドラマってさ――」

 私が答えないことを見て、話題が別の方向へと移っていく。

 火種があっても、風がなければ火は起きない。

 視線が外れていって、消えた。

 知らずに息が漏れていた。

 春日に後でメールしておかないと。ごめんね、って。

 きっと彼女は自慢する勢いで皆に言うだろうから、大丈夫だよ、って返してくれる気がする。あぁ、でも、言ってくれてよかったのに、って怒るかな。

「心配?」

「え」

 隣に市ノ瀬君が立っていた。

 良く分からない色を瞳に映して、彼は微笑んでいる。

 相変わらず、何を考えてるかがさっぱりだ。

 さっきは私に話させようと話をふったくせして。

 しかもこれは問いだから、嘘か考える事も出来ない。

 本に視線を戻して、正直な所を漏らす。

「明日の対応がめんどそう、って思っただけよ」

「信頼してるんだ」

「ううん、私が思うだけ。春日は気にしないと思うわ」

「うわ、薄情だ。俺はちょっと心配だけどなー」

 目が冷え切ってる癖して。

 そんな。

 ――欠片も思ってないのに。

 いつもは心中で漏らすその言葉を、私は空気中に曝け出した。

「嘘つき」

 

 彼の目が凍った。






   


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