何よ、と瑶漣が言ってくるが、なーんも、と言えば、変なの、と返された。 ピタリ、と止まる。 どうやら、目当ての店へと付いたらしい。 そぉ、っと顔を窺えば、心なしか瞳が輝いていて、仮面のように張り付いている甘―い笑みも、本人は気づいていないだろうけれど剥がれ落ち、素の瑶漣の笑顔にと移り変わっている。 鈴明としては、こっちの瑶漣の方が絶対可愛い、と思っているのだけれども、本人に言っても、そうねー、と少し困ったような顔をされるだけなので、胸の内に秘めておいた。 瑶漣が卓の上に置いてある首飾りを手に取っている。 やっぱり玉屋の娘。 あぁ、これは上で、下で、……ぼったくりじゃない、とかそんな呟きを漏らしている。 お店のおじさんが、微妙に恐れたような顔でちらちらと瑶漣の方を見ているのを、彼女は気づいてるのだろうか。 気づいてなさそうだなぁ……。 苦笑を漏らしながら鈴明はその後ろに立った。 「どう?」 「うーん。ちょっと待って」 「はーい」 大人しく邪魔にならないように、でも人ごみに紛れないようにいる鈴明である。 瑶漣といえば、内心、何でこんな玉でこんな値段なのよ! と憤慨していた。 綺麗、というだけで買っていくお客は、どれだけ自分が損しているかを知らずにいる。 そうは言っても、こんな所で騒ぎを起こしたとしても、喧騒がひどく、便乗してくる人達が多すぎて、乱闘騒ぎに発展してしまうかもしれない。 ――買うときはうちに来てください。 周りの人に念じながら、選別作業に戻る。 「これは……、鈴明には似合わないわね」 サンゴの飾りを見つけ、可愛いな、と思ったものの、鈴明の姿を思いうかべれば、あぁ、違うか、と思い直した。 もうちょっと濃い色がいいな。 再び卓上に視線を戻す。 「鈴明、何色がいい?」 「なんでもいいよー。あ、でも、桃色とかはちょっと嫌」 「ちょうど戻した所よ」 「さっすが、瑶漣」 「はいはいありがと。それで? 何色系統がいい?」 数が多すぎて埒があかなくなっていたので、好みを聞くことにしたようである。 それでも何個かは候補をつくっておいているらしい。 鈴明はうーん、と考えた結果。 「青系統かな」 「こっち向いて」 「はーい」 向こうの方の刀を遠目に眺めていた鈴明が素直に瑶漣の方を向いた。 相変わらずの胡服にため息をつきながらも、胸元に青い石の首飾りを載せる。 小さな石を散らしてあるもので、紐も凝った組紐である。 「こっちかしら」 「組紐綺麗だね」 「そうね。あぁ、でも、こっちのもいいかな」 シンプルに大きな玉がぶら下がっているもの。 鈴明にはこれくらい簡素のものの方がいいかもしれない。 「うー、青ってのはいいのに……」 「青は?」 「涼しげな色が鈴明には似合うの。どっちがいいかしら……」 そうなのー? と首をかしげている本人を無視して、瑶漣は二つを並べて唸る。 「そんなに深く考えこまなくても……」 「だめ! 玉屋の娘の名が泣くわ」 「……ごめんなさい」 「分かればいいのよ」 また視線を戻し、しかし鈴明に声を掛ける。 「鈴明」 「んー?」 「シャラシャラしてても気にならない?」 「どういう時に? 仕事中だったら」 「仕事中は身なりとか何にも気にしてないでしょ」 そんなの聞いてないわ、とばっさり。 鈴明の仕事中の集中力は、完全にお客さんの方に向いてるので、全く自分の身なりには気がいっていない。 致命的ともいえるが、そこは凰畢と鳶羽がどうにかしているので、問題なしだったりする。 と言うわけで、瑶漣は、最初っからからそんなことは問題にしていなかった。 「聞いてるのは日常生活。日常!」 「日常……。シャラシャラ……。うーん」 天を仰いで少し考えた後、さらに首を捻る。 「気にした事ないから、大丈夫……、かな? 多分」 「どっちよ」 「大丈夫。指とか腕じゃないなら」 「なら、こっちね」 鈴明が綺麗な飾り紐、と言っていたものをつかみ、店主の前へと移動する。 「――すみません、これ頂けますか?」 「ほい、値札の通りで」 綺麗な眉が若干つりあがった。 「……これは普通なのね。はい、8元」 「まいどー」 明らかにほっとしている店主を一瞥した後、瑶漣は再び鈴明の手を握り、市外れの茶屋へと向かう。 「後で見に行って良い?」 「当たり前よ。まずは休憩ね」 「ん。了解」 出てきた店員に二人、と告げ、鈴明が頷いた。 さっき兄ぃのとこいたばっかなのにね、と鈴明が言えば、今回は休憩だからいーの、瑶漣があっさりと言った。 「それに、鈴明の欲しいものは、首飾りみたいにはなくならないでしょ?」 「多分ね」 「ならいいじゃない。人通りが少なくなってからの方が都合がいいわ」 それよりも、と瑶漣が出したのは先ほど買った首飾りで、さっそく鈴明に付けて、鑑賞。 ひときしり眺めたあと、嬉しそうに笑った。 「似合ってるじゃない」 「そう、かなぁ?」 落ち着きなさげに鈴明が首飾りを弄る。 普段首には何もつけてないだけ、気恥ずかしいらしい。 「確かに可愛いけどさ」 「それで問題が?」 「うーん、似合ってるのかな……」 「さっきから似合ってる、って言ってるじゃない」 もう、この子は……、と呆れ顔。 出てきたお茶を含んだ後、一変、悪戯っぽい顔になって首を傾げる。 「それとも、琉李に誉められたら納得する?」 冷たいお茶を飲もうと口を付けかけていた鈴明の動きがピタリと止まった。 そのまま湯のみを机の上に置き、じと目で瑶漣を見た。 「……なんで琉李がでてくるのかな?」 「えー? だって琉李だもの」 「だからなんで」 「明らか気にしてるじゃない」 「……気にしてないよ」 「あら? 耳赤いわよ?」 「う、うるさいなぁー」 ぷいっ、と顔を背ける鈴明。 可愛いなぁ、この子は、と笑いながら、瑶漣がまたもう一口含む。水出しらしく、おもったよりもあっさりとしていて、美味しかった。 仏頂面をしながら、同じく飲む鈴明は、美味しかったのか、僅かに顔を緩めた。 「どーせさ」 「ん?」 「あいつの事だから気づかないんじゃない?」 「は?」 思わずらしくない声を漏らした瑶漣である。 その辺の事には慣れっこな鈴明は気にすることなく続ける。 「だって、人の服装とか全然気にしてないじゃん」 「えっと」 瑶漣としては声高々に否定したい気分である。 影ではあるが、鈴明が前に着飾った時に、初心でもないのに、真っ赤な顔して突っ立っていたのを目撃したことがあるからだ。 それを本人は全くしらないらしい。 「前あたしが裳着たら、青嵐の霍乱か! って言われたし」 「……それで?」 「髪結ってても気づかなかったし」 「うん……」 「誉めた、と思ったら、馬子にも衣装だな、だし」 「……鈴明」 「何―?」 「もういいわ……」 彼女としては好都合な事ではあるが、琉李は相当に自分の気持ちを誤魔化してるらしい。 なんというか、酷い。 大笑いをしてしまうくらい酷い。 多分、その誉めた、というのも、紛れもない本心なのだろうけれど、照れる鈴明の顔に耐え切れなくなって、からかってその場を逃れよう、という魂胆だった、というのが凄く良く瑶漣には分かった。分かりすぎて、彼女は凄く情けなく思った。 取られない、と思ったら、何度も言うとおり好都合なのだけれど。 「あいつもばかねぇ」 「琉李? 琉李が馬鹿なのはいつもじゃないの?」 さらりと酷い事を言う親友に、瑶漣は苦笑を禁じえない。 親しいからこそ容赦がない。 「鈴明が思ってる以上にあいつは大馬鹿よ?」 「そうなの?」 「そう。だって、折角の機会を全部ぱーにしちゃってるんだもの」 「機会?」 「大馬鹿よねぇ」 だから、まだ鈴明はあげない。 瑶漣は鈴明に見られないように、小さく笑った。 |
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