瑶漣に引っ張られ、琉李にひっぱられかけて。 それでまた瑶漣に琉李が睨まれて……。 正直、鈴明は先ほどの説教程の疲労感を感じていた。 せっかく楽しみできたのに、なんでこんなにも疲れるの……。 隣ではまた訳分からない論争をしてる二人がいて、一つ深くため息をついた。やるなら他の所で勝手にやっててくれないかなぁ。 幸い、さっきみたいに瑶漣の腕にがっしり掴まれてる、というのはない。 後ろは後ろで、喧騒と同じように考えればいいんだ。そうだ、そう思え。 落としていた視線を上に上げる。 相変わらず騒がしく、忙しなく、そして活気に満ち溢れている。自分の所の坊とは大違い。比べるのは愚かなことだとは思ってるけど。 だいたい、自分達の坊は、貴族や、官吏の人から庶民まで、けれど比重は圧倒的に高級な物が多く、職人と呼ばれる人たちや、目利きの人たちが多く集まる、装飾品関係の店が多い。 対して、こちらは生活必需品から日常の細々としたもの、大衆がよく使うものを多くあつめた、需要層が大きく開けた所。色んな店があるから、とても楽しいが、品位がないと、品が高位の貴族様はほとんど来ない。というか、全く来ない。 ……はずなのだが。 ちらりと琉李をみた。 確か、五品位だよね? こいつ。 琉李自体は得意客でもなんでもない、その上、興味もほとんどないから官位なんて覚えていないからそんなもののはずだけど、でも次官だ。刑部の二番目の人。つまり偉い。 お父様なんて、偉いどころか、とてつもなく高い所にいる。尚書令。この国の二番目に偉い人の中の一人。 そんな人の子供がこんなとこいていいのかなぁー、と今更な事をちらりと考えたけれど、一番最初に俺だからいーだろ、的な事を言っていたのを思い出し、それもそうだ、と潰した。 「何?」 「べっつにー」 「なんだそりゃ」 「お偉いさんが何でこんなとこにいるのかなぁーって」 「そうよ、サボリ?」 「んなわけあるか! 休みだって、やーすーみ」 「そ。あんたのなんてどうでもいいけどね」 「……聞いたのお前だろ……」 また始まりそうだったので鈴明は足を速めることにした。 飽きないなぁー、と思いつつ、呆れつつ。 始まったのはいつから? 多分、二三年前から。 琉李がまだ官吏になってなくて、放蕩息子やってたとき。 「……ぁ……」 真っ赤な背景。 首をぶんぶんと振る。 あまり思い出したくないことを思い出してしまった。 「鈴明?」 いつの間にか隣に来ていた琉李が少し心配そうな色を湛えてこちらを見ていた。 全く、間が良すぎる。 鈴明は少し笑って首を振った。言う必要もないと思ったし、言うべきでもないと思った。 あの頃の記憶は、琉李にとっても嫌だろうから。瑶漣も同様。かなり心配かけてしまったから。 「そっか」 「うん」 大丈夫。 小さな声で呟けば、何もいわずがしがしと頭をなでてくる。手荒な優しさ。 手に温かみを感じた。 瑶漣が手を握っててくれた。 何も言わないけど、大丈夫よ、って言われてる気がした。 「だーいじょーぶ」 ギュッと握り返す。 それに満足そうに瑶漣は笑うと、ある一点に視線を固定させた。 目当ての店を見つけたらしい。 嬉しそうに顔を綻ばせると、一転、琉李の方を見て邪険に手を払い始めた。 「ん。――あ、見つけた。ほら、とっとと琉李離れなさい」 「んあ?」 鈴明の頭に手を乗せたままの琉李が固まる。 理解できていないらしい。 それにイラッ、と来たのか否か、さらに眦を上げて、堂々と宣言した。 「これからは女の子の買い物よ! 野郎はついてくるんじゃないわ」 「は!?」 「分かったわね? あんたが付いてくると、邪! 魔!」 最後をとてつもなく強調し、鈴明の方をばっと振り向き、行くわよ、と一声。 鈴明が急いで頷くのを見るや否や、一目散に走り始める。 「え、ちょっ」 「早くしないと売り切れちゃうわ!」 どこからそんな力が溢れているのか、いつもの行動からは予測できないような速さだ。 鈴明が気になって後ろを振り返ると、手をプラプラさせた琉李が遠目でも苦笑いしてるのが見えた。 自分を見ているのに気づいたのか、軽く手を挙げ、楽しんでこいよ、と言うかのように小さく手を振った。 ――内心、してやられたなぁー、と思っていた、なんて事は鈴明が知るわけも無い。 鈴明も小さく振り返すと、瑶漣のにあわせるために前方に体を戻した。 「いきなり走らなくても……」 「じゃなきゃ、琉李振り切れなかったでしょ?」 悪びれる様子も無く瑶漣が言う。 目的地が近いのか、既に歩調は緩まっている。 「……何よ、一緒に来たの私じゃない」 拗ねたように瑶漣が言うので鈴明は小さく笑った。 やっぱり、この友人は可愛い。 さっきの行動だって、この言葉だけで全てが足りてしまう。 合わせるように、鈴明は深く頷いた。 「そうだねー。先約は瑶漣だもんね」 「そうよ! 琉李は横槍入れただけ。どうせ、鈴明の研ぎ石買うときまた遭遇するんだからいいでしょ?」 私がどっか行ったほうが良い? と悪戯っぽく瑶漣が聞くので、やっぱり可愛くて、流石だな、と思いつつ、軽く首を振った。 「寧ろ瑶漣がどっか行っちゃうほうが私やだよ」 「そう」 そっけないけれど、若干嬉しそうに頷くのを見て、やっぱり瑶漣は可愛いなぁー、と心の内で鈴明は頬を緩めたのであった。 |
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