軽く足を踏み出し、剣を振り払う。

「甘いっ!」

 坊主の剣が吹きとぶ。

 後退しながら取りにいくのを見逃し、俺は再び正面に構えた。

「一般人に刑部侍郎が負けて良いのか?」

 はっ、という嘲笑と共に言ってやると、流石の琉李も血が上ったようで、軽い殺気をのせた目で俺を

にらめつけてくる。

 そうだ。

 その目で来い。

「どうした? こんなものか」

 両手で掛かってきた剣を、片手でいなす。

 尖った金属音が鳴り響く。

 坊主が大きく踏み込む。

「浅いな」

 一歩で懐に入り込む。

 坊主が振り下ろすよりも早く。

 剣をひっくり返し、柄で殴り飛ばす。

「っ、はっ……

 身体をくの字にして、奴は地面に叩きつけられた。

 辛うじて受身を取っていたようだが、背中はしたたか打ちつけたようではある。

 それでも、目の力を失っていないというのは見事というべきか。

 立ち上がるのを腕を組んだ状態で待っていると、坊主は血反吐を吐き出し、多少よろめきながらもま

た剣を構えた。

「よくやるな」

 思わず口に出すと、坊主は挑戦的な笑みを浮かべた。

「鳶羽さんには負けられませんから」

「ふん。待ってる時点で負けてるとは思うが?」

「そこは、まぁ、……見逃してください」

「さて、な」

「けっちぃな!」

 また大きく振りかぶるか。

 芸の無い……

 半分呆れながら、いなそうとした。

 が。

「はっ!」

 奴は反転し、俺の死角から切り込んできた。

 思わず押さえ込んでいた力を緩め、全力で切りかかってきた坊主を殴り飛ばす。

「ぅはっ」

 今度こそ、坊主は地面に叩きつけられ、動かなくなった。

 起き上がる気力も無いのか、大の字になったまま、血を吐いた。

「容赦ねぇー」

 恨めしげに俺を見てくる坊主。

 今回ばかりは、少し認めてやろう。

「腕、上げたな」

 ともすると、吃驚したように坊主は上半身だけ起き上がらせた。

「え、え、えぇ!?」

「流石に本気を出さざるを終えなかった」

「って、事は? 最後のが本気って事かぁ。くっそ、強ぇなー」

 また、がっくとして、地面と同化した。

「まぁ、ましに成ったんじゃないか?」

「これでましですか? 俺、これでも、刑部の中では一番上あたりですよ?」

「まだまだということだな」

「うわぁ……。鳶羽さん、刑部来ません? 武術指導してあげてくださいよ」

「断る。俺は仕事だけで忙しい。むしろ、他人に教えるほど、俺は優しくない」

 鈴明という生徒がいるのに、何で他の輩に時間を割かなくてはいけないんだ。

「琉李」

「はい?」

「自分の弱さが分かったか?」

 坊主は一瞬、はっとした顔になり、うつむいた。

「はい」

「お前ごときが鈴明を守れると自惚れるなよ」

 これは図星だったようで、さらに俯いた。

「行動を示すという事は、実績を示すという事。それを残していなくせに、うだうだと言うな。腹が立

つ」

「そう、ですね」

――というわけで、俺も今日から翠家には入らないからな」

「はい。……って、えぇ!? 鳶羽さん!」

 帰ろうとしたら、坊主が吼えた。

 振り返れば、何であんたも、と目が問うている。

「俺もお前を殴ったしな。鈴明と同格。よって、次から鷹がくると思うぞ」

「鷹羽さんは官吏じゃないですか!」

「じゃあ、鴦だな」

 朗らかに言って見せれば、坊主は肩を下げ、じと目で俺を見た。

……最初からそれが目的ですか?」

「さぁな? ――気をつけろよ、坊主。鷹も鴦も俺と同じ事をしないとは言い切れん」

 呆然とした顔の奴を放っておいて歩き出すが、言い忘れた事があったので仕方が無く坊主のほうを向

いた。

「坊主」

「何ですか……

「次、会うときがあったら、お前が全てを解決させた時だからな。その時までに、精々剣の腕でも上げ

ておけ。そうすれば、また俺がこれないという自体にはならんだろうからな」

 恨めしげな声が聞こえないでもないが、俺はもう聞こえないふりをした。

 

 奴をボコったせいか、心なしか気分は晴れやかだった。




  目次  



inserted by FC2 system