道筋は覚えていた。 小さい頃の記憶だけれど、確実に。 あの時は、鈴明の後姿を追いかけて通った通路。 けど、今、あの嬉しそうに駆けていった少女の姿は無い。 彼女が禁止してしまったから。 「腑抜け馬鹿息子。その根性叩きのめしてやるわ」 「……叩きのめしたら再起不能なんじゃないかな?」 「叩きなおすなんて手加減出来ないわ」 「うーん、頑張って」 「善処はするわ」 一つ頷き、私は目の前の戸に手をかけた。 本当なら挨拶くらいしなきゃいけないけど、幼馴染のよしみで許しなさい。 スパン、と勢い良く戸を開けると、長椅子で寝そべっていた琉李が目を見開いてこちらを見ていた。 「瑶漣……?」 「こんにちは、腑抜け馬鹿息子」 「……ひっどい言いようだな」 「許してくださいませ? こちらは、イラついてるんですからね? 翠家のお坊ちゃま」 「どうしたんだよ、急に。――もしかして、お前がいるなら鈴明も……」 「居ないわよ。途中で帰ったわ」 「そう、か……」 起き上がりかけた体が、また元に戻った。 本当に腑抜けてるようね。 「しっかりしてくれる? こっちは、聞きたいことがたくさんあるんだから」 「はぁ? 聞きたいこと? 悪いけど、俺も今というか最近イラついてんだよ」 「そんな事知った事じゃなわ。鈴明から話し聞いてるんだから、被害者ぶるのはやめてくれる? 見てて反吐がでるから」 琉李は、驚いたみたい。 私が、初めから強気の口調を崩さない事に。 いつもなら、のんびりと入っていって、そこから探り出して、ぐっさりと刺すのが私の話術。 今は、そんな事してられるほど、私は冷静じゃない。 「鈴明から聞いた? 何を。あいつ本位の勝手な主張だろ? 俺の話も全く聞かないで、別に良いって言ってるのに、あいつは、勝手にどっかいったんだぞ!」 何故か、冷静になれた。 頭が冷えていく感覚。 「俺は、あいつを守れたから、怪我したことなんてどーでもいいんだ。なのに、どっかからか身分差みたいなのを持ち出して、もう会えないって言って、俺が行っても全然出てこずに」 半年は、琉李には、琉李にも長かったみたいだ。 半年前、すぐに会った時は、こんなのでは無かった。 止められなかったのをすっごく後悔して、どうにかして戻ってくるように頑張っていた。 だから、これは琉李の仕事だと思って、何にもしなかったのに。 後悔は、恨みに。 彼女への愛情は、憎しみに。 行動は、無気力へ。 変化させてしまったらしい。 「私の、心配した通りじゃない」 「は?」 「何が勝手な主張? あんたを心配してでしょ?」 「俺は心配してくれなんて言ってねぇ!」 「ならあんたは、鈴明になんかやってあげた!? あの子の立場とか考えてあげた事あるの? いつもあんたは茶化してるけど、あの子の勉強量見たことある? あの店仕切れてるのは何でか考えた事あるの?」 琉李は、答えなかった。 目を丸くして、初耳だ、やったこともない、そんな顔をしている。 それが無性に、イラついた。 未だ無気力に寝そべっている琉李のトコまで歩み寄り、手を振り上げ頬を叩いた。思いっきり。 「っつ! な、何を!」 「何? 言い返せない? 考えた事なかったのね。あの子がどんな生活してるか、そのためにどんな努力をしてたか。あの子は、考えてたのに、ね」 「分かるはず無いだろ……。俺はしょっちゅう行けるはずないし」 いってー、とか言いながら、言い訳じみた事を口にする。 全てが全て、気に食わない。 「あのさ、あんた、知る努力をしようとしなかっただけでしょ? 鈴明がなんであんな事言ったかも考えてないでしょ。……馬鹿じゃないの?」 あの子が、何にも考えずにいうわけ無いじゃない。 「あの子はね、全部聞いてるのよ。鈴明があんたのとこに遊びに行ったら、周りの貴族がうるさく言ってる事を。あんた、知ってた?」 琉李は、頷けない。 「あいつ、何も言わないから……」 「馬鹿ね、鈴明が言うはず無いわ。仮にも商人が、顧客にそんな不満を洩らすとでも?」 はっ、と鼻で笑ってやった。 商人にそんな事求めてるなんて、愚かにもほどがある。 「いいわ。教えてあげる。――けど、良い? 鈴明を恨んだり、憎んだりしたら、……もう商談、一個も受けないし、町の女の子全員的に回す事になるわよ、良いわね?」 「お、おう」 「あの子は、あんたのために、消えた。それだけよ」 「? 変わらないだろ。俺が言ってたのと」 「ほんと、馬鹿ね。自分がつりあわないとか、そんな問題じゃない。あの子は、あんたに上にいって貰いたいの。だから、欠点となってしまう自分は、身を引いたほうが良いって思ってたらしいわ。……たぶん、あんたを斬る前から考えてたと思う」 言っちゃ悪いけど、斬った事によって踏ん切りが付いたというべきかしら? 「貴族と商人の領分を越えすぎたと思っちゃったのかな、あの子。自分は、商人として一流を目指すから、あんたにも政の頂点に立って欲しかったんじゃないの?」 個人的な見解だけどね。 琉李は黙って動かなかった。 待つつもりは無い。答えを聞いてあげるほど、お優しい性格じゃございませんことよ。 「じゃあ、失礼するわ。翠の御曹司」 「……ありがとな」 「礼を言われることなんてしてないわ」 そのまま戸を閉めてやった。 後は、鳶羽さんに任せるだけ。 「お疲れ」 「……疲れたわよー」 「彼に伝わったと、私は思うよ」 「そう、かしら?」 「うん。私は、そう感じた」 そう言われると、救われたような気分になる。 「ありがと」 「いえいえ」 「――帰りましょうか」 「送っていくよ」 「悪いわ」 「私がすきでやるから良いんだよ」 「赤威に見つからない事を祈っておくわ……」 額に手を当て、言ってやると、彼も苦笑と共に同意した。 「同感だね」
――後は、あんたが決めなさい。琉李。 |
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