「これはこれは、王の瑶漣さん、璞輝さん、それに、舜の鈴明さんではありませんか」

 瑶漣を宥めながら店外へと出ると、向かいから恰幅の良い、着飾った女性が出てきた。

「……奥様」

「あら、冰梦さんもいたの?」

「えぇ、こちらの方々を御もてなししていました」

「そう、取り入るのに必死なのね」

「大切なお客様ですし、友人ですから」

 にこにこしながら対応する冰梦。

 隣に居る璞輝などは、はらはらして仕方が無いようだ。

 ……瑶漣の顔を見て。

「えーっと、瑶漣さん?」

「……叩いてきて良い?」

「今までの苦労が水の泡になるよ……?」

「そう、ね。じゃあ、鈴明やってきて」

「えぇ!? あたし?」

「ムカつくもの」

 おっかない顔になってますよ? と言いたいものの、凄まじい形相――と言っても、周りの人間が分かる程度だが、鈴明には分かるため、恐ろしくて言うのを自粛する事にした。

 一歩下がり。

「璞輝」

「何?」

 これまた、一歩下がった璞輝が顔を向ける。

「怒ってるよね?」

「……過去に見ないほど怒ってる」

「だよねぇ」

「姉さんが、爆発したところ見たこと無いから……。どうなるんだろ?」

「とっても恐ろしいと思うのはあたしだけ?」

「俺もだって。うちで一番怖いのは父さんだけど、それに匹敵するくらい姉さんも怖いって俺は思ってる」

「玄翔さん並かぁ……。やだね」

「恐ろしいよ……」

 背中だけで分かる。

 拳を握り、視線は雹の奥方の方へ向いている。

 きっと、視線はさぞかし棘棘しいのだろう。

「瑶漣さん、相変わらずお綺麗ねぇ」

「ありがとうございます」

 こ、声が硬いよぉ。

 とりあえず、璞輝と一緒に縮まっている事にした。

「ほら、赤威。来なさい」

「何だよー、お母様」

 軽薄そうな男一名。

 なんか遊んでる感じの人?

「あ、瑶漣さん!」

 ほらみろ、女性とみたとたんに目つきが変わった。

「こんにちは、赤威さん」

「久しぶりに会いましたが、ますますお綺麗になりましたね」

 さ、寒気がします! 瑶漣。

「そんな、お世辞は結構ですよ」

 ここで笑ってみせる瑶漣は、芯からの商人だなぁ、と思うよ。ほんと。

 笑顔がいつもより引きつっているようにみえるのは、……うん、気のせいだよ。

「この子も今年で20になるんですけどねぇ、仕事ができて有能な子ですよ」

「素晴らしいですね」

「けど、この子ったら、嫁の一人も連れてこなくって」

「そうなんですかぁ」

 で? 瑶漣を嫁に貰いたいという事ですか?

 あぁ、無理無理。

 瑶漣の自尊心がそんなの許すわけ無いじゃん。

 むしろ。

「父さんが許すわけ無いな」

「玄翔さんがねぇ」

「優秀で有能で、なおかつ姉さんを大切にしてくれる人じゃないと駄目って、父さんが言ってるから」

「……当てはまる人いるの?」

「さぁ?」

 理想が高すぎやしませんか?

 と、いうのは、置いておき。

「奥様、失礼ですが、冰梦さんのお仕事の邪魔になるようなので、失礼致しますわ。また、後日お伺いしますから」

「あら、そうなのぉー。残念ねぇ」

「じゃあ、僕とお茶しにいかないかい?」

 軽薄そうな笑みを浮かべ、瑶漣に手をさしのべる、某青年……間違えた、赤威。

 瑶漣が冰梦の方をみると、困ったような笑みを浮かべている。

「ごめんなさい、今お茶してきたばかりですので」

「美味しいところなんだ、冰梦なんかが紹介するところよりも、ずっと、ね」

 ふん、と軽蔑するかのように冰梦見やり、瑶漣の手をとった。

 母親もそれを察したのか、冰梦に向き合う。

「そうそう、冰梦さん。言い忘れていたけど、旦那様から、翠尚書令の商談が今日までと言われたわ。あと少ししかないから急いで頂戴」

「今日、までですか?」

「えぇ、当然よ。出来ないわけ無いわよねぇ」

「……善処します」

 苦渋の面で頷く冰梦。

 どうみても、滅茶苦茶な話だ。

 それを、満足そうにみやると、赤威は瑶漣の手を引っ張り出した。

 が。

「って! 瑶漣さん!?」

 手を、叩かれた。

「御免あそばせ? 赤威さん。友人の苦境には、何があっても手を貸せというのが、王の一族の家訓ですの。今回のはお断り申し上げますわ」

「そんな奴なんか、放っておいて……」

「冰梦さんは、私の大切な友人です。そんな奴となんか言わないで下さいませ」

 にっこりと笑いながら、それでも強く突っぱねた。

 呆然としている、親子を尻目に、瑶漣は冰梦と向き合う。

「無茶を、しますね」

「当たり前よ。……いい機会よ。冰梦、商談内容は?」

「反物と玉。生憎、うちには在庫は……」

「何言ってんのよ、冰梦?」

「え?」

「こういう時に友人を使わなくてどうするの、ね、鈴明」

 鈴明の方を向くと、にっこりと笑って頷いた。

「うんっ。あ、鳶羽兄ぃに、言ってくるー」

 そのまま走り出した鈴明を見送り、瑶漣はため息を付いた。

「よく耐えれるわね」

「慣れたから、かな」

「嘘ばっかり」

「うん、嘘、だね。慣れてはないよ」

 少し寂しげな笑みが、見てて悲しい。

「無理はしないでよ?」

「大丈夫だよ、瑶漣。けど、本当に頼んでもいいのかい?」

「あったりまえよ。翠家はお得意様だから、父さんに言えば出してもらえるわ! あ、そっか、速く行ってこなくっちゃ」

 すぐに来るからー! と、言い残し、瑶漣も早歩きで去っていく。

 こんな時でも、いつも作っている顔は消せないらしい。

「……姉さんが心配だから行ってきますね。興奮しすぎて、父さんに伝わんないと思うから……」

「迷惑かけます、璞輝」

「気にしないでください。俺の仕事でもあるんですから」

「それでも……」

「俺の主張は、姉さんと一緒。無理しないでくださいね」

 それでは、と言って、璞輝は姉の後ろを駆けていく。

 二人の後姿を見送り、冰梦は片手で顔を覆った。

「姉弟そろって……」

 そんなにも自分は酷い顔をしていたのだろうか。

 出てたなら、商人失格だ。

 

――嘘ばっかり。

 

確か彼女は自分と会ったときも、そんな感じのことを言っていたような気がする。

あいかわらず、彼女には心配をかけどうし。

待遇、かけられる言葉。

どれもこれも、母が亡くなってから変わってない。

けれど。

「無理はしてないよ、瑶漣」

 たった一つだけ変わった事がある。

 心配してくれる人が居る。

 それだけで、たったそれだけで、頑張ろうという気になれる。

「つらくは無いよ」

 だって、君が。

「私を支えてくれるから」

 

 

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