昼飯時が、一刻前に終わり、客足が少し落ち着いてきた頃。

「今日は、凰畢様。ご機嫌如何でしょうか?」

 鈴明が店の奥で大人しく座っていると、同じくその横で座っていた父に向かって礼をする人一名。

 艶がありながらも、愛らしい声。

 これは。

「瑶漣か。いつも通り、かな。この娘が、酔っ払いを一人のした所でね」

 愛らしい少女が、立っていた。

 町の娘も彼女の服装を参考にしているという、華美過ぎず、寂しすぎず、品のいい着こなし。

王瑶漣。同じ、秀薇坊にあり、歩いてすぐ近くのとこにある玉屋“珠玉堂”の娘。

 豪商と名高い、瑶漣の父玄翔が営む“珠玉堂”は“舜反物店”よりも規模はでかく、諸侯からも注文が来たり、行商の者の手によって、遠くの州でも売られていたりする。

 さらに、“舜反物店”とは違い、毎年王家へと玉を貢いでいる。

 そして、この娘は。

「あら、それはお手柄ですわね」

「お転婆ぶりに磨きが掛かっててね、瑶漣も、あの年頃の女の子とは思えない蹴りを見れば……」

「それも鈴明の個性ですから大丈夫だと思いますよ? ……鈴明、少しいいかしら?」

「父さん?」

「行って来なさい」

「ありがとー」

 店を出たとたん、腕を捕まれ、引きずられた。

「行くわよ、鈴明」

「はいはい……」

 この娘は、大変な猫かぶりだ・

 5、6歳までは、普通だった、普通だったはずだ。

 けれど、10を過ぎた時には、完璧に今の形だった。

 男性に限らず、他人には、大出血奉仕のように愛想を振りまく。

 13には、町の娘の憧れの存在となり、今ではもう、彼女の服装一つで、町内の娘の服の趣向が変わると言う、圧倒的な影響力を持っている。

 が、鈴明の前では、こんな風に、本性を現す。

「美味しそうな甘味処を見つけたの。速くいくわよ」

「わかったよー」

 瑶漣がこんな風にやるのは、一重に彼女の母の教育が原因となっている。

 “女は殿方に愛されてこその幸せよ”

 の教育方針の下育ち、このような状況になっている。

 瑶漣の愛想も、すでに表情の一部になったようで、人前では素に戻れないとの事。

 で、いつもどこかに連れ出される。

「また、高いの−?」

「あんたも今月稼いだでしょ? けちけちしないの」

 周りが貴族様方しか居ないとこにまた連れて行かれるらしい。

 瑶漣曰く、貴族の周りだったら、どうせ覚えられてないから、素がだせるとか。

 家族間だけしか出せれないのは、とっても不快でむかむかしてくるから、こうやって鈴明をつれて発散しにいくのだ。

「ついたわよ」

「? 兄貴のとこじゃん」

 見慣れた概観、そして空気。

 鈴明がよく手伝いに来ている甘味処が目の前にあった。

 ……てっきりもっと敷居が高そうなところなのかと。

 そう口にしてみれば、あっさりと瑶漣がいう。

「そうよ、鴦羽さんは気にしない方だから、大丈夫なの」

 いや、確かにそうだけどさ。

 長兄は、大人で包容力のあって、頑固。一番怖い。

 次兄は、頭がよくって、回転も速くって、少し抜けてる。

 そして三兄は、元気で大雑把。一番話しやすい人。

「なぁんか、鴦羽さんの前だと……。抜けちゃうのよ。だから、まぁいいか、と思ったの」

「確かに鴦羽兄ぃは大雑把で、細かいとこは全く気にしないけどさ。高いところだと思ってた」

「何言ってるの? 鴦羽さんが営んでるとこは、結構敷居高いわよ」

「は?」

「何よ、家族のことでしょ?」

「いや、あたしは、いつも無料で食べさせてもらってるから……」

 手伝った代金として。

 鴦羽兄ぃが入れるお茶は確かに美味しいし、義姉さんの作るお菓子も美味しいけど……。

 敷居が高かったのかっ!

 今更ながら驚く鈴明である。

「ちょっと、しっかりしてよね……」

「いや、初耳すぎて、驚いてる」

「周りの人間見れば分かる事じゃない」

「切り替えてる時は、そういう事、気にせずやることにしてるの」

「気にしなさいよ」

「気にするとへまするもん」

 と言うと、瑶漣は呆れたような顔をした。

「呆れた、豪商の凰畢さんの娘とは思えないわ」

「ちゃんと仕事してるからいいじゃんかー」

「まぁ、ね。実情がどうであれ、あんたは有能だもの。それは分かってるわ」

「悪ぅございましたねぇー、実情が滅茶苦茶でー」

 と、話しているうちに、秀薇坊の端っこにある、鈴明の兄の店、春梅堂の前に着いていた。

 一時休戦。

 紅い暖簾をくぐり、店内へと入った。

 仄かに梅の香の匂いがした。

 鈴明にとっては馴染みのある匂い。

「いらっしゃ……、なんだ鈴明か」

「鈴明ちゃん、いらっしゃーい」

 兄夫婦のお出迎え。

 我が兄ながら、綺麗な奥さんを貰ったものだ……。

 と、思う位綺麗な女の人が兄貴の隣に立っている。

 思わずぽぉー、となってしまいそうだ。

「あら、今日はお友達と?」

「うん。瑶漣と」

「あぁ、珠玉堂の娘さんね。こんにちは」

「こんにちは、瑶漣です」

 いつもの甘ったるしい声じゃなくって、平常の敬語だ。

 うん、むずかゆくなくて、精神的に楽だぁ……。

 なんて事を鈴明が思っていると、いつの間にか厨房へと下がっていた鴛羽が茶と団子をお盆に載せて持ってきた。

「うわっ、鴛羽兄ぃ! さっすがぁ!」

「はははっ。お前は分かりやすすぎるんだよ。ほら、瑶漣も。確かこれ好きだったよな」

「はい。ありがとうございます」

 一番奥の席まで案内してもらって、二人はようやく座った。

 が、店主である二人共、動かない。

「えっと……、鴛羽兄ぃ? 芙蓉義姉さん?」

「だって、な?」

「ねぇ」

 仲良さげに顔を見合わせる。

「せっかく妹と瑶漣が来たのに、ほっとくのはいけないだろ?」

「疲れたもの」

 単純明快。

 二人ともサボりたいだけだ。

「店主が職務放棄していいの?」

「手伝いの奴にやらせてるから、俺の出る幕はなーい」

「自慢げに言わなくても……」

 おもわず額に手をあてる鈴明。

 さっすが、鴛羽兄ぃ。わが道を行き過ぎてる……。

 それに付いていってる芙蓉義姉さんも、義姉さんだけど。

 鴛羽と芙蓉は、そのまま鈴明と瑶漣の正面に腰を落ち着けた。

「親父とお袋はどうしてる?」

「どーもこーも、毎日あたしを叱る毎日デスよ? 母さんはそうでもないけど」

「あはは、二人共お前に、瑶漣みたいになって欲しいみたいだからな」

「あー、無理無理無理無理。鴦羽兄ぃだってしってるでしょ?」

「おうよ、知りまくってるぜ? 興味の方向が違うんだから、しょうがないんじゃねーの?」

 こうやって、鈴明を庇ってくれるのが、鴦羽。

 幼馴染以外では、鴦羽と一緒にいた鈴明。

 それだから、鈴明の性格は、一番知っているであろう人物。

 だからこそ、いっつも庇ってくれた。

「でも、鴦羽さん。普段から、商人の顔をしてる時みたいにすれば、女の子らしいと思いません?」

 そこで食い下がってくるのが瑶漣。

 普段から、もう少し女の子らしくしたら? という、凰畢よりの意見の人。

 けれど、芙蓉が否定した。

「あー、無理よ、瑶漣ちゃん。営業用の顔って疲れるもの。いつか疲労で倒れて終わっちゃうわ」

「でも、鈴明は長い事やってますよ?」

「そーね。でも、猫の皮被った顔を好いてくれる人よりは、素の自分を好いてくれる人と付き合いたいと思わない?」

「そうですけど……」

「瑶漣の事を否定してるわけじゃないのよ。瑶漣の可愛らしさは皆認めてるわ。それを武器にするのは悪くないわ」

 にっこりと笑う芙蓉。

 貴方も十分美しいと思います。

 鈴明も同意する。

「あたしはね、そーゆー面倒な事が嫌いなだけ。別に気にしなくていーの」

「……あんたは、もう少し気にしたほうが良いと思うわ」

「うわっ、そういう事いう!?」

「だって、本当のことだもの」

 援護したはずなのに、何故攻撃されている!

 全く納得できないぞ。

 そんなあたしの考えを察せるはずなのに、わざとか、無意識にか、すっかり無視して、可愛らしい顔をしかめながら瑶漣はあたしの批評を述べはじめた。

「そんなにも綺麗な顔してるのにもったいないじゃない」

「いやいやいやいやいや」

 そんなお世辞は結構ですって。

 美人にそんな事言われても、劣等感が増すだけだからね。

 あたしは別に湧かないけど。イラナイし、瑶漣見てると面倒そうだし。

「お世辞は結構ですよ? ……自分の面みてから言ってこい」

「自分の顔なら見慣れてるわ。それに、私がお世辞なんて言うわけ無いでしょ」

「いってまーす。いつも隣で聞いてますー」

「あれは社交辞令。素の時にお世辞なんて言った覚えないわ」

 社交辞令とお世辞は違うんですか? 瑶漣さん。

 あたしには全く違いがわかんないけど。

 でも、まぁ、素の時の瑶漣は……。容赦がないので、その点は頷ける。頷けるが。

「――褒めても、おだてても、あおっても、振っても、落としても何にも出てこないよ?」

「何よ、その疑惑の目……」

 呆れたようにため息をつかれた。

 良く分からないけど、失敬な。めったにないことを言うからだよ。

「絶対、鈴明は可愛いの! 背も高くてすらっとしてて、飾りがいのある顔してるの!」

「あ、飾りがいがあるのは分かるわ〜。というか、この子基本、素材がいいのよね」

 むむ? おかしな方向にやってきたぞ?

 状況を整理するために、一口お茶を飲む。

……うん、おいしい。じゃなくって。

 ひと時逃れただけで、お二人さんはあたしそっちのけで、あたしの事を話している。

 あのさ、お茶とかお菓子とかはいいのかな? 瑶漣。

 そんなに目を輝かせて、着飾らせたいとかいわないでください。芙蓉義姉さん。

 あたしが視線をそっち向けた瞬間、目をそらせないでください。鴦羽兄ぃ。かなり、白々しいから。

「そうですよね! あの紅とか付けてあげて」

「えー、でも、鈴明ちゃんは唇は十分赤いから紅はいらないと思うわ」

「それもそうですねぇ。なら、やっぱり、ふわっとした裳とか着させたくないですか?」

「分かるわ〜! 鈴明ちゃん穿かないもの……」

 ――逃げていいですか。

 いつの間にか、あたしに似合うモノってお題でなんか提案しあってるよ。

 着飾らされるの、本気で嫌いだから、逃げていい? え、帰っちゃうよ。

 鴦羽兄ぃが作ったであろうお菓子を頬張りながら、逃走するか否か、あたしは熟考した。半分所か、それ以上が本気だった事は言うまでもない。

 あー、お香炊きなおしたのかなー、あたしもやってみよーかなー、と現実逃避をしていた所、二人がそろってため息をついた。

 え、なんだなんだ。あたしは、お香について考えていただけだぞ。何も、瑶漣のお菓子をとろうなんて、これっぽっちも……思ってました、すみません。

「この子が、“秀薇坊の青嵐”って呼ばれてなければ……」

「そう、ね……」

 思わずびくっ、と成ってしまった。

 秀薇坊の青嵐、っていうのは、間違いなくあたしの事で、いつの間にか付いていた二つ名みたいな、あまり嬉しくない呼び名。

 騒ぎあるとこにあたしあり、的な意味で誰かが呼び始めたらしい。

 だから、舜反物店に、おー、ここが青嵐の店かー、と来る一見さんもいないわけではないのだ。

 父さんに怒られるのは、この事関連が多い。迷惑なものだ。

「えー、何で悔しそうなのかな?」

「あんたが青嵐って呼ばれてなければ、着飾って外に出れば寄ってくる殿方がたくさんいたって話よ!」

「おっしいわね、この美貌なのに……っ」

 

 鴦羽兄ぃ。助けてください。

 

 頼みの鴦羽兄ぃも、女性二人の話に恐れを成したのか、飽きたのか――あたしの勘では

後者だけど、奥に引っ込んでしまったので、あたしは、この話を、いやお説教をまる一刻

されることとなったのであった。






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