銘国の都、清陽。 多くの人が行きかい、華やかな屋敷が立ち並ぶ、活気にあふれたところだ。 当代の帝になってから、道路整備も、衛生管理も良くする様になり、体面だけでなく、中身も美しい都となっていた。 その都の中でも、格式の高い商店が並ぶ場所、秀薇坊の一角。 『舜反物店』素っ気無い店の看板を掲げた、反物店がたっていた。 ここの店は、当代の店主の趣味が良く、最近めきめきと頭角を現している、商人の間でも有名な店であったりする。 もちろん、客からの評判もよく、来訪客があとを絶たない。 その店の所で座っている少女一人。 成人の儀はもう済ませたのか、高く結い上げた髪に簪を挿し、淡い水色に翡翠が飛んでいる構図の衣を身にまとっている。 外をじっと見つめるその目は漆黒で、意思が強そうな目つきだった。 化粧っけの無い顔だが、紅を差したわけでもないのに真っ赤な唇が印象的だった。 この娘が、成人し、店番を任されるまでなった、舜の四兄妹の末っ子、舜鈴明だ。 三人の兄に揉まれて幼少の時を過ごしたため、両親が三年前にも心配していたよう、男勝りで、姉御肌の少女へと育っていた。 が、今は大人しく、店先で座っている。 「鈴明さん、これはどうなんだね?」 「はい、これはですね……」 穏やかに、そして丁寧に、的確に説明をしていく。 「私に似合うのはないかしら?」 「奥様なら、この明るい橙色のはいかがでしょう?」 彼女自身も父親の才覚を受け継いだのか、感覚が鋭く、観察眼も鋭いので、客も彼女の見立てには満足していた。 微笑を浮かべ、柔らかそうな物腰からは、彼女がお転婆だと言う事実は全く想像できない。 これだけさえ見れば、淑やかで、人当たりの良いお嬢さん、だ。 が。 ふと、鈴明が店の外を見、うんざりしたようにため息をついた。 「何ですか」 「おぅ、鈴明。暇そうだな」 「飲みに行かないか?」 赤ら顔の中年男性が、店先まで来ていた。 息をすれば、酒のにおいがするから、相当飲んでいるのだろう。 店の奥の、勘定する場所にいた鈴明は、客に一言断ると、男性達のところまで歩いていった。 客達は、通行人は、一様に思った。 ――哀れだ……。 誰が? 鈴明? 否、男達が、だ。 たぶん、彼らは、商人である鈴明しか知らないのだ。 お得意様、彼女に親しい者、普段の彼女を知っている者だけ、哀れみの目を彼らに向ける。 中には手を合わせ始めた者などもいる。 それだけ、本来の彼女は、商人の時とは、違う。 店から一歩出た時、彼女はにっこりと笑った。 男は何を勘違いしたのか、それを了承だと思い、彼女の腕を捕ろうとした。 しただけだった。 瞬間。 「え……?」 視界が反転し、驚いた時にはもう地面と顔合わせ。 もう一人も同様。 鈴明は平然とした様子で、手をパンパン払っている。 「あたしは仕事中。邪魔するんじゃないよ」 分かったね? と、軽く睨めつければ、男達は悔しそうにしながらも、分が悪いと悟ってすごすごと帰っていった。 その男達の背を見送ると、すぐに切り替えた。 中に居た客に向かって一礼。 「お騒がせ致しました」 「良いって事よ。相変わらず強いねぇ〜」 「惚れ惚れしちゃうわ、鈴明ちゃん」 「うちの旦那にも見習って欲しいわ〜」 「俺の家の坊にも教えてやってくれないか?」 何の問題も無く受け入れられていたりする。 これが、舜反物屋のお得意様だ。 鈴明もおどけた様に笑う。 「お褒めに預かり、至極光栄です」 そして。 「相変わらず、こいつは……」 父親の頭を悩ましていたりした。 店の裏にて。 鈴明と父、凰畢は顔を見合わせて座っていた。 もちろん、先ほどの件のお説教だ。 「だから、年頃の女子が裾を捲り上げて蹴り上げるんじゃない」 額を押さえながら言う凰畢に対し。 鈴明は、朗らかに笑っていた。 「襲われてきたんだよ?? 蹴り倒すしか方法がないでしょ?」 「何故、お前が対処する必要がある?」 「兄貴達からの教えだから……」 5つを過ぎたころから、鈴明は、遊びと運動と称し、兄達から武術を習っていた。 最初の頃は名目通り、簡単な物であったし、じゃれ合いみたいな物だった。 が。 もともと運動神経が良かったのも関係しているのか、鈴明は兄達の教えをどんどん吸収していく。 すると、兄達の眼の色も変わり始めた。 遊びだったはずが、どんどん本気になり始め、体術だけのが、兄達の得意な分野へ分かれ、長兄からは剣、次兄からは弓、すぐ上の兄からは体術を習い始めたのであった。 親達が“女の子なんだから!”と止めようとするが、時すでに遅し。 基礎は吸収し、応用に入っている所だった。 頭を抱える親達だったが、当の本人はかなり楽しんで居たりした。それに、武術のお陰か、病気もあまりせず、丈夫な体へと育っていたので、悪い事ばかりではなかったらしい。 それでも、親達の頭が痛いのも致し方ない。 あまりにお転婆に育ってしまったのだから。 「自衛はしっかりとしなさい、って鳶羽兄ぃがあたし達に言うんだよ」 「……鷹羽や鴦羽は良いんだ。お前は、同列に考えなくて良いんだよ?」 「何で? あたしも、鳶羽兄ぃから剣習ったんだよ? 同じって考えちゃだめなの?」 「お前は女だからね……」 「? 剣でなら、琉李とはれるよ?」 「そう言う意味じゃなくって……」 幼馴染の男の名を出す鈴明に、凰畢はただ頭を抱える。 弱いと言いたいわけじゃない。 ただ、もう少し、もう少しだけでも良いから、女らしくしてくれ、と。 だから、少し言い方を変えて見る。 彼女は、商人であることには違いないのだから、そこを突いて。 「鈴明。彼らも、店内に入ったのだから、お客様だ。乱暴にしては駄目だろう?」 「うん、知ってるよ。だから、外に出た時に張り倒したよ?」 違うっ! そういう意味じゃない! あぁ、頭が痛くなってきた。 「そ、それに、周りのお客様だって、怖がるだろう?」 「あ、それなら大丈夫! むしろ、それが評判で来てるそうだから! 皆さん面白がってるよ」 全く大丈夫じゃない!! あぁ、また無理だったか。 凰畢は一つため息を付くと、鈴明に言った。 「今度からは、鳶羽を頼るようにしなさい。あの子なら、そつなくこなすだろうから。お前は、もっと人を頼りなさい」 そういい残すと、彼は、表へと出て行った。 それを目の端で見送り、鼓動を少し数えて。 ようやく鈴明は息をついた。 「全く、何回目だよ。この問答は」 瓢々と返していた鈴明ではあったが、内心は、いつ武術の稽古を止めろ的な発言をされたらどうしようかと冷や冷やしていたのだった。 「女らしく、ねぇ。今さらだよ」 止めるなら、幼児期に止めろっつんだ。 物心つくころから、周りは男所帯。 唯一の女性が母親で、女の子といえば、幼馴染の玉屋の娘。 良く遊ぶ友達も男で、良く構ってくれる人も兄達。 7つくらいまでは、一緒に風呂に入ったものだ。 すぐ上の鴦羽兄ぃが誘ってくる遊びは大体付いていったし、琉李とやる男遊びにも付いていった。 その女に。 突然、成人の儀式をもうすぐやるのだから、女らしくしなさいと言われても。 ……無理だって。 身についた習性が、そう簡単に直るものか。 凰畢が必死なのは分かる。 まぁ、少女らしい服が増えたのは容認する。だって、仕事だし。 けれど、武術まで取り上げられたら、本気で怒るよ。 せっかくココまで高めたのに。 「おい、鈴明」 「うわっ」 後ろから急に声を掛けられた。 びくっとしながら振り向けば、長兄、鳶羽の姿が。 「ど、どうしたの??」 「いや、親父の声がしたからな。どうかしたのか?」 大柄でがっしりとした体つき。 商人というよりは、武人と言った方がしっくりきそうな面持ち。 その身を赤い龍の文様が入った服に見に包み、威圧感を発している。 所帯を持つ身ながら、未だ若い娘さんからの熱い視線が止まない偉丈夫だ。 「え、えっとね、説教されてた」 「またか。で、内容は?」 「うっ……。……酔っ払いをのしたから」 話したくない、と思いつつも、一番鈴明が怖いと思う人は、この男なので、すぐに口を割ってしまうのであった。ちゃんと、好いてるけど。 鈴明が恐々長兄を見れば、怒ってもいなかった。 呆気にとられていると、鳶羽はポンと大きな手を鈴明の頭の上に載せた。 「ん。良くやったな。親父も怒る事ないのに」 「お、怒んない?」 「何故? 俺の教えの自衛をやっただけだろう? 店内の客を傷つけることなくやっているなら、怒る必要などまるで無い」 と、労うように、ポンポンと頭を軽く叩く。 それに合わせるように、鈴明の強張っていた顔も、徐々に緩まっていく。 鈴明を見ながら、分かる人にだけ分かるくらい、鳶羽は微笑むと、ぼそりと呟いた。 「……それだけ強ければ、悪い虫もつかないだろう」 「悪い虫?」 「何でもない、聞き流せ」 「? はーい」 良く分かってないのに返事をする鈴明に、もう一度軽く叩くと、鳶羽は鈴明の手首を掴んだ。 「鳶羽兄ぃ?」 「仕事だ。新作が出来た、見てくれるか?」 「うん、もっちろん」 仲睦まじい兄妹は、作業部屋へと入っていった。 |
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