冰梦さんは私の淹れたお茶を美味しいと言ってくれて、私は茶葉が白茶でしたからね、と返した。

 内心はその事にかなり安心していたけれど、億尾にも出さない。……というか、何でそんな危険なもの出してるのよ、私……。

 もし、変なのだったら……。

 想像するだけで寒気がする。どんな冒険者よ。

 近年稀に見る失態の数々だ。

 ――やっぱり、明日鈴明に八つ当たりに行こう。

 さっきまで辞めておこう、とか思ってたけど、撤回。

 きっと、何でーっ! とすっごく迷惑そうな顔で言ってくるんだろうけれど、変に付き合いが良い鈴明だから付き合ってくれるはず。

 それから、琉李が休みだったらからかいにいって、元の調子を取り戻すんだ。

 小さくぐっ、と拳を握り、頭を切り替える。 

私が内心そんな事を画策していたことなんて知らないだろう冰梦さんは、茉莉花茶を飲み干し、手まで合わせて、私にごちそうさまでした、と言ってくれた。

 お粗末さまでした、と友達に言うような口調で言いかけ、お粗末さまって、逆に失礼でしょ、と内心で自分としかりつけてから、ありがとうございます、と返した。

 もう一杯いります? とお湯を持ち上げて聞いてみれば、ではお願いします、と言われたのでまたゆっくりと注いだ。

 さっきとは違って、白茶だと分かってるからドキドキはしていない。

 お湯が器に充分に入ったことを確認して、花が開くのを待つ。

 この時間が私としては好きだったりするのだ。

「瑶漣さんは」

 しばらくの沈黙の後、冰梦さんが先ほどよりは真剣な雰囲気を漂わせて、私に声を掛けてきた。

 何を聞かれるかが良く分からないので、首を傾げる。

「はい?」

「瑶漣さんは、……お店を継がれるんですか?」

「え。お店、ですか?」

 そんな事、考えたことも無かった。

 私はお手伝いとしての店番しかやっていなくって。

 接客の方面では、やっとお父さんにまぁまぁだな、って言われるくらいにはなったけれど、鈴明みたいにお店の内部まで関わらせてもらったことは無い。

 私は只の宣伝するための要員で、それ以上でもそれ以下でもないのだから。

 ……あれ? 私、この後、どうするんだろう?

 鈴明はお店を継ぎたい、って言ってる。鳶羽さんは彩鈴さんの技を継いで、凰畢様の経営を鈴明が継ぐ、と。

 結婚しても? と聞けば、躊躇わず、うん、と頷いた鈴明。

 ――私は何がしたいのかしら。

 ちょっと、羨ましい。

 表情を見て、冰梦さんは違う、という事に気づいたらしい。

「すみません、その顔だと違いましたか」

 手際から言って、継いでも可笑しくないと思ったんです、と気恥ずかしそうに冰梦さんが言った。

 その事に若干戸惑いながらも、私は内部事情……までもいかない、結構周知の事実を口にした。

「えっと、店は兄が……、父が許せば、ですけど」

「玄翔様も相変わらず、手厳しい」

 中々誉めるような事をしない方だから。

 冰梦さんが評したように、へらへらしてるようで、見ている、しかもかなり辛口なのがお父さんと言う人。

 実力の無い人に対して、簡単に自分の業務を明け渡すわけが無かった。

 ……兄さんが実力が無いって言ってるわけじゃないわよ? まだ足りない、って言ってるだけ。

 それを分かっているから、肩を竦めてみせる。

「まぁ、兄さんが接客向きじゃないですから。奥に篭って作業するほうが好きなんです」

「では、……あまり信じれませんが、職人さんに?」

 顔がまさか、と言ってる。

 だから、私もちゃんと否定しておく。

 ぶんぶんと手を振って、首も振り、大否定だ。

 兄さんの腕前は、ね?

「ご存知の通り、未だ兄さん、不器用ですよ? この前なんか……。――言うのも哀れなかんじです」

 なんで糸を通すだけで玉が砕けたのかしら……。

 金の糸はささくれだっていて、何故か色はくすんでいた。

 あの時の惨状は……。

 普段動揺を微塵にも出さないお母さんが絶句していたんだから押して知るべしよ。

 何故か兄さんは誇らしげにしてたけどね。

 曰く、今回は形になった! らしいけど。

彼もちゃあんと思い出してくれたらしい。

 苦笑いが深くなる。

 遠い目をして、言いにくそうに口を開く。

「確かに、琅輝さんの作った腕飾りは……」

「ある意味芸術品だったでしょう?」

 言ってみれば、困ったように笑われてしまった。

 肯定したら兄さんの侮辱とか考えてるのかな? あぁ、それに、あちらとしてもこちらがお得意様か。

 色々抜けているのは私らしい。

「冰梦さんは? お店を継ぐんですか?」

 それを誤魔化したくて、何気なく聞いた言葉。

 赤威さんよりずっと腕が良さそうで、お客さんの覚えも良さそう。青架様も評価して見えるようだったし、そのまま継ぐのかな、と思ってた。

 だけど、発した瞬間、凄く困ったような、悲しそうな、そんな表情の冰梦さんになってしまった。

 しまった。

 そう思ったのだけど、もう遅い。

 彼がゆっくりと首を振る

「私ごときが出来るわけがありません」

「でも」

 思わず反論の声。

 紛れもない本心で。

 けれど冰梦さんはやっぱり首を振るのだ。

「継ぐのは赤威様です。私は裏方で尽くすのが役目。裏方も意外と楽しいものですよ?」

 嘘つき。

 なら、何でそんな顔してるの。

「裏方があってこその表。私はこれで満足してます」

 悔しそうな顔してるくせに。

 何で、って顔してるのに。

 見せてないつもりなんだろうけど。見えてしまって。凄く、居たたまれない。

「嘘つき」

「……瑶漣さん……」

 やっぱり困った顔。

 でも、言わざるをおえなかった。

「あのままだったら潰れると思う」

「それでも」

 私は上には立てませんよ。

 静かに諦めたように首を振る姿に。

 何故か、イラついた。

 冰梦さんが悪いわけじゃない。悪いわけじゃないけれど。でも、何か、胸がざわつく。

 だから、思わず口を開いていた。

「……独立するとかの考えは無いんですか?」

 ちょっと硬かったかも知れない。

 冰梦さんは気にした様子も無く、ううん、質問内容が意外だったらしい。

 そんな事、考えたことも無い、と言った様子で反芻してきた。

「独立、ですか?」

「独立です。継ぐのが無理と仰るなら、独立は? 自分のお店を建てる事はしないんですか」

 それなら立場も何も関係ない。

 試されるのは自分の才覚と、運。

 “お客様に選んでもらえるか”という事だけ。

 家は広告となってくれるかもしれないけど、あくまで初見さんを呼び込むだけ。

 後のお客さんになってくれるかは、自分の手腕と、運が鍵を握る。

 家なんて、そこには関係しない。

 冰梦さんを縛る鎖は、そこなら多少は緩くなるはず。

 でも彼は首を縦に振ることはないのだ。

 押し付けてるわけでも、建てなさいよ! と強要してるわけでもない。

 ただただ。

 見てられないだけ。

 ……それをお節介、と言うのだけど、ここは目を瞑る。知らない。こんな原石が地に埋まるなんて、こんな人が埋もれていくなんて耐えれないんだから。

 なんて、言い訳をして、私は彼の目を見た。

 あいつは、頑固者だからな。

 お父さんの声が聞こえたような気がした。

 







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あとがき


良い人過ぎるような冰梦さん。
でも彼も人間で、色々縛られてます。
それがもどかしくてもどかしくて、勿体無いと思ってる瑶漣さん。
でも、彼女の事をもどかしいと鈴明も思ってたりするのを、彼女は気づいていないのかもしれないです。
と、いうのは作中で語れよ、と今思いつきました。
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