目の前では、困ったように玄翔様が頭を掻いている。 「おいおい、そこまで意外だったかよ……」 「しょうがない。15,6の年齢にとっては、かなりの苦行に違いないよ。本当に、口下手だからね……、青架殿は」 「だろうけどなぁ。信じれないくらい、だったのかよ」 あぁ、私の態度がお二人を困らせてる。 律せ。 心を律せ。 必死に頭を動かし、口を動かそうと試みる。 けれど、出てきたのは震えた声。 「すみ……、ま、せん」 なんてみっともない。 唇が震え、声を絞り出す喉は、みっともなくひくついている。 「あやまんなよ。でもな、ほんと信じれなかったのか?」 それに何も考えず、ゆっくりとうなづけば、玄翔様はがっくりと肩を落とされた。 「だよな、そうだよな……。分かるわけ無いよな……」 なにか、不手際を?? 「な、にか?」 「あぁ……、お前のせいじゃないから、硬くなんなよ……。ただ、呆れてるだけだ」 「玄翔。呆れてもしょうがないと思う。ただ、言うべきだろうね」 少し笑みを浮かべられ、一気にお茶を飲み干された。 その凰畢様の行動に、意外そうな顔を浮かべられる。 「お前がそれを選択するとはなぁ」 「意外か?」 「当たり前だろ。――家庭の事情だから止めておけ、って止められると思ってた」 主語が無いので良くは分からないが、お二人の間では通じてるらしい。 私を挟んで会話は成立しているから。 訳は分からないけれど、気分を害してはいないようだから安心する。 ……安心できなかった。 凰畢様が、満面の笑みを浮かべられたのだ。……密かに青筋を立てて。 「文句位は言いたくなる。何の労いの言葉も無かったのか、とね」 「お、おう、そう、だな」 「――玄翔。私は少し青架のとこに行ってくる。玄翔も」 「分かってる。商談が終わったら行く」 視線で会話をされて、お二人は頷くと凰畢様は茶器を卓に置いて外に出て行かれた。 「あの、旦那様の所に?」 「んあ? まぁ、そうだな」 「何を、しに?」 私の問いに、玄翔は意地の悪い笑みを浮かべ、すっぱりと言い放った。 「説教」 「え?」 「四人兄妹を育て上げた人生の師匠が、弟子に説教をしにいったんだよ。ま、お前は気にすんな。――さぁて、商談商談。さっさと品質決めやがれ」 そこらのならず者のような口調で私に紙を押し付ける玄翔様。 現在の私から見れば、気遣われてたという事が分かるけれど、この時の私は全く気づかず、押されるがままに品数を考えていた。 だから、その影でだんな様が何を言われていたのかは知る由も無かったのだ。 それから半刻程、私と玄翔様は玉の量の調整と、玉の品質の割合決めをしていた。 「管玉の割合が7、玉が3. それぞれ、最高級二分の一、上1.5、中3、下5でいいな?」 「はい。今年の売り上げから考えればそのような形で。ただ、翡翠の割合は、中を5にしてください」 「他の割合は?」 「玄翔様の裁量にお任せします」 「分かった。代金」 「五日後の昼すぎに直接」 「承知した」 詳細に書かれた品物表に署名をされると、何故か私に差し出す。 怪訝な顔をしてたと思う。 差し出される手が、正直理解できなかった。 そのまま停止していれば、玄翔様が苛立ったように、私の前へどん、と紙を置いた。 「署名」 「はい?」 「署名さっさとしろ! 此れが無いとおわんねぇんだよ」 当たり前に言われる事に困惑する。 これに私が署名を? 馬鹿な。 店の利益、費用に直接関わる大事な書類だ。 私が関わっていいはずが無い。 「いや、でも、これは旦那様が……」 「はぁ!? 息子のお前が代筆すんのが駄目なのかよ」 心底理解できないという顔だ。 「……私は妾腹の子です」 それは紛れも無い事実。 店の大本に関わる大事な書類に手を出していいものか。 旦那様に直接書いてもらう方がずっといいはず。 私はそう思った。 本心から思ったんだ。 けれど、それを玄翔様は鼻で笑った。 「――んなもん関係あるか。青架の子なら、俺の書類に署名していいはずだ」 その言葉に、硬直してしまう。 玄翔様はそれには何も言わず、私に筆を握らせる。 「お前に店番任せてるっつー事はだ。お前を信用してるってことなんだぜ? 分かってるか」 「は、い」 声が、かすれる。 書類がぼやけて見えない。 「凰畢だって、鈴明の事を認めているから店を任してここまで来てる。店の仕入れだって、あの子が担当してることもあるんだぞ。もちろん、署名だって鈴明だ」 「で、すが」 「ですがも何にもねーよ。割合も任せてる位だ。署名していけないはずがねえ。――俺だって凰畢の後追わなけりゃいけねぇんだから、さっさと書けよ」 とっても心に響くことを言うのに、最後に私事を織り交ぜてしまう。 そんなとこが、玄翔様らしくて、少しだけおかしかった。 私は一つ息を吐き、強張った手の緊張を解かせる。 ゆっくりと筆を握り、自分の名前を滑らせる。 「……ふぅ」 筆を玄翔様に返す。 書類の上に自分の名前が載っている。 それだけなのに、ひどく緊張した。 「うし。書いたな」 書類を拾い、満足そうに眺めると、棚の引き出しの中へとしまってしまう。 玄翔様は私の前まで来ると、立ったまま私に話される。 「俺はな、冰梦。お前の母さんが妾、って事すら否定したいんだぜ?」 「母上、が?」 「おう。青架が愛したのはお前の母上だ。それは間違いない。二人とも、昔から仲が良かったしな。だから、奥方は好かん」 「玄翔様」 「わーっかってる。俺も商人。好くか好かんかで商売はやるつもりはねーよ。……でも、だ」 険しい顔をして空を眺める。 「今も、麗華が、青架の唯一の人だって、俺は信じてる」 其の顔はいかにも悔しそうで、泣きそうな顔だった。 玄翔様は、母上の事を知っておられる? 尋ねようと口を開きかけたが、先に口火を切られてしまった。 急いで閉じる。 「おーっと。やべぇ、凰畢の野郎を忘れてた」 焦ったように額を押さえる玄翔様。 先ほどの表情など、一切残っていない。 「わりぃ。ちょっと俺も行ってくる!」 「玄翔様!?」 ちょっと待ってくださいよ! 仕事部屋に私を残しておくんですか? 「瑶蓮、冰梦の世話、頼んだ!」 店の奥へ玄翔様は叫び、逃げるように、いや凰畢様を追いかけ外に駆けていかれた。 その背に同じく困惑したような、酷く焦ったような声の瑶漣さんが奥から叫ぶ。 「はっ!? お父さん!」 表に慌ててでてきた瑶漣さんは、やはりかなり困惑していた。 でも、さらに困ってるのは私ですよっ。 何でわざわざ……っ。 図ってるとしか思えない玄翔様の発言に、私はため息をつくしかなかった。 |
← 目次 → TOP |