初めて見た、貴方の顔は、笑っていたけれども。 とても悲しそうで。 ――寂しそうだった。 出会いの日 ――王 瑶漣 と 雹 冰梦 私が、12歳の年。 「瑶漣。雹の店に行って来てくれないか?」 父、玄翔から突然そんな事を頼まれた。 もちろん、私は思いっきり嫌な顔をした。 外では絶対出さない顔で。 ――と、いうのも、私は、母、玉環の“女の子は、殿方に愛されてこそ幸せなのよ”の教えの元育てられてきたので、表では物腰の柔らかい女の子を演じているのだ。 素がだせるのは、家族の前と、なぁんか会うと気が抜ける、舜の反物屋の末っ子の鈴明と、小さい頃からの知り合い位かしら。 もちろん疲れるけれど、今更抜ける物でもないし、仕事上でも私事でも有利だから、この先もやめるつもりは無い。 「何で、私が?」 お父さんは、苦笑している。 「そう嫌な顔をするな。そんなに嫌なのか? 雹の家が」 「嫌に決まってるじゃない。あの人がいるのよ!」 「赤威君の事か?」 「当たり前よ」 雹 赤威。 雹の息子で、周りからは遊び人として通っている。 年は、4、5つ上だと言うのに、落ち着きが無く、節操なく周りの女性に手を出しているそうだ。 自分の家の金に物を言わせ、欲しいがままにする七光り息子。 と、私は思っている。 そして、あろうことか、あいつはっ。 「私を誘ってくるのよ? ありえないわっ! それに、あそこの奥様なんて、まだ13なのに、嫁発言してくるわ!」 「……社交辞令だと思って受け流しなさい」 「当然よ。あんな奴、お断りに決まってるじゃないっ」 あんな馬鹿息子の嫁になるなんて思っただけで、鳥肌が立つ。 「で、何で私なの? お手伝いさんは? 兄さんだって、お姉ちゃんだって、璞輝だっているじゃない」 「上から答えるとだ。手伝いの奴は、あちらが得意先だから、失礼だからだせない。瑚優は、今日は調子が悪くて駄目、琅輝は別の取引先に行ってもらっている。璞輝は、もちろん塾だな」 「……お父さんは? お母さんもいるじゃない」 最後の砦とばかりに言ってみるが。 「玉環は瑚優の世話。私は店番がある。手伝いの者にやらせるわけにはいかないからな」 全て封じられた。 どーしても、私にいかせるのかっ。 「私店番やるよ?」 「粘るな……。でも、残念ながら、これから舜の凰畢が来るんだ。俺は外せないわけだ」 「うわっ、ずるい!」 「何とでも言え。――とりあえず、嫁発言に対しては“縁談は父のところへ持ってくるように”と言えば切り抜けれる。お前は耳を貸さなくて良いから」 「……もぅ。わかったわよ……」 何か、もう、覆せないらしい。 凰畢さんの名前だけ言ったという事は、鈴明はこないんだろう。 商人内でも、あの子は、四兄妹の中でも一番商売に関しては才能があると言われてて、凰畢さんは、すでに店番を任される位信頼されているらしい。 そう思うと、少しずるいなぁ、と思うけど、その分期待が大きいだろうから、大変かなとも思う。 鈴明の事だから、そんな事は思っても居ないだろうけど。 親友の事を思って、少し落ち着いたみたいだ。 はぁ、とため息のような、深呼吸のようなものをして、私はお父さんに向き直る。 「行ってくるわ。内容は?」 「近日中に玉が入ると。仕入れるものは何か、詳しく聞いてきてくれ。聞くのは、奥方の美妃殿じゃなくて、青架殿に聞けば良い」 「分かった。速めに帰って……来たいわ」 「健闘を祈る」 ぐっ、と指を立てるお父さんに対して、軽く殺意を覚えました丸。 うちの店の秀薇坊から、雹の店がある梅香坊までの出来事は省く。 色んな方が声を掛けてきたんだもの。 一々覚えていられない。 といわけで、ついたでっかいお店。 私は、自分の運の無さを心のそこから呪った。 丁度、あの馬鹿息子が帰ってきたところだったのだ。 「あ、瑶漣さん!」 さらに運の悪い事に、あちらがこっちに気付いた。 最悪。戻ることも出来ない。 「……こんにちは。赤威さん」 あぅ、鳥肌が立ってる。 拒否反応が立ちまくりだ。 でも、そんな反応をみせるのは、私の矜持が許さない。だから、心の中で、営業用、営業用と呟きながら、笑顔を見せる。 「今、お帰りですか?」 仕事もせずに女遊びか、というのを暗に含ませた問いをすれば、思ったとおりこの人は気付かなかった。 言葉面通りに受け取り、頷く。 「少し茶屋にね」 流し目をされてもカッコよくもありませんよ? これでも私、目が肥えてますから、貴方程度の器量じゃ、ときめきません。 それに、茶屋、ねぇ? どうせ、妓楼なんじゃないの? 女を侍らせて、嬌声でも聞きながらやってきたんじゃない。 あぁ、近づきたくない! って、思っているにも関わらず、近づいて手を取るではないか。 うぅ、手が穢れる。消毒したいわ……。 なんていう、私の心の叫びも届かないのか、綺麗でも無い顔を歪ませる。――実際には笑ったのだろうけど。 「ここで出会ったのも何かの縁。市でも見ていきませんか? 奢りますよ」 えーと? 私に縁があるとしても、ここのお店だけだとおもいまーす。 奢るのは当たり前として、好きでもない人と行きたくないわ。 じりじりと迫られ、鉄壁の笑顔の仮面で防御しながら、私はどう対処しようか迷っていた。 一応、得意先の息子だし。 その間にも、どんどん密着してきていて、そろそろ身の危険を感じ始めた時。 「――瑶漣殿」 「せ、青架様」 「お父様!」 店の主人が出てきてくれた。 まさに天からの助け。 玉帝様ありがとうございます。 あとで、萎れてきたお花を変えておきます。 「赤威。店番もしないで、何処へ行っていたんだ」 「そ、それは、その……」 「また、私の金を使って妓楼でも行ってきたのか?」 「な、なんで……っ」 「いい加減にしろ! 長男として果たすべきこともしないとは。恥を知れ」 な、なんかとてもまともな事を言ってる。 七光りとかいってごめんなさい。 ただ、この男が勝手に青架様の威光を振りかざしてただけですね。 貴方は、何も悪くなかったようです。 なんか、感動しました。 青架様は、私に向き直ると、深々と礼をした。 「見苦しいところをお見せました。失礼しました」 「いえ、私は何も見ていませんわ。そう、お店の玉がそろそろ切れた頃かしら、と思っていただけです」 「そうですか」 では、と話の早い店主は店の方へ招き入れてくれた。 青架様は、一回だけ振り向かれると、息子へ一つ。 「何をしている、やるべきことをやりなさい」 赤威は、羞恥で頬を染め、店番の位置へと付いていった。 それを見止めると、青架様は店の奥の応接間へと連れて行ってくれた。 示された椅子に座ると、卓の上には既にお茶の用意が。 知らせを受けたと同時に用意していたのかもしれない。 流石、都一の卸売り商人。 気配りの仕方が違う。 素直に感心しながらお茶をこくりと飲むと、その間に青架様は書類を卓の上に置いた。 「今期の売り上げです」 「ありがとうございます」 一言礼を言い、促されるまま書類を手に取る。 ざっと目を通せば、今回の一番人気は瑠璃のようだ。 二番手は、紫水晶の玉。管玉の方も人気。 下のほうだと、煙水晶とかかな? 奥様方には、あの黒の素晴らしさが受けなかったみたいだ。 「ありがとうございます」 すっ、と卓に戻す。 「瑠璃を増やしますか? それとも紫水晶?」 「えぇ、それぞれ二百ずつ。あと、その中の2割を管玉にして頂けますか?」 「分かりました。後、ご要望は?」 「翡翠を増やしてください」 「翡翠をですか?」 個人的な事を言えば、翡翠は好きで、この頃好んで付けてはいるが、この順位表の中では、中位だったはず。 何か情報でもあったのだろうか? 知らずのうち首を傾げていると、青架様は丁寧にも教えてくれた。 私を指差して。 「私ですか?」 「えぇ。瑶漣殿の影響力は凄まじい。これから、宝飾店も翡翠が不足するでしょう。だから、先手を打とうということです」 いや、確かに、町の皆は私を真似をしたがるけれど。 そこに気付いていた、青架様。 鋭い。 「……了解しました。そのように、伝えておきます」 「ありがとうございます」 お互い礼をし合ってお開きとなった。 商談、終了。 |
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