「馨君、今度遊ぼうよー」

「そうそう、カラオケとかさ」

 何時の間にか寄ってきた女子が、俺の目の前でのたまう。

 正直めんどうで仕方が無くて、どうでもいいんだけれど、いつの間にか張り付いた仮面は、俺ににっこりと怖気が走る笑みを浮かばせる。

「うん。今度ね」

「いつがいいかなぁ?」

「やっすいとこがいいな、俺。金ないし」

OK―。探してくるよ」

「楽しみにしてる」

 浮かんだ笑みは、もう本物かどうかは分からない。

 偽物か本物か。

 その判別さえ、俺には凄く関心のないものだった。

 突っ伏した下で、強張った顔をほぐす。

 いつか筋肉痛になるんじゃないかな。慣れない笑みを浮かべたせいで。

 そもそも、何でこんなことをしているかも良く分からない。

 ただ、当たり障りの無い顔をしよう、と思ったのが始まりだったっけ?

 思い出そうとはしてみるけれど、その労力さえ脳みそが渋ったのか、きっかけの断片さえ出てこなかった。

『何がしたいのか、私には分からないわ』

 眼鏡をかけた女の子が俺の脳裏に浮かぶ。

 知らずのうちに唇が弓なりになっていた。

 あぁ、俺は喜んでいるらしい。

 ちょっとだけ視線を上げる。

 そうして横へ。

 相変わらずの調子で本を読んでいた彼女がいた。

 図書委員長ではあるけれど、そこまでキャラ作らなくてもいいじゃないか、と思うほど、彼女は図書委員だった。所謂、本の虫?

 授業中以外は、ほぼ本とにらめっこしているような気がする。

 最初は浮いてるのかと思ったけれど、全然違う。

 彼女は、そのままで風景に溶け込んでいた。

 けれど、その事に全く気づかない連中もいるわけで。

「委員長って暗いよねぇー」

「トモダチ居ないのかな」

 馬鹿だなぁ。

 呟きそうになった言葉を喉の奥にひっかけた。

 彼女、耳いいのに。

 少しだけ本を握っていた手が締まって、首が若干振られた。

 俺は、微妙にあげていた顔を、さらに微妙に上げて、腕に顎を乗せた。

 視線に気付いた彼女達がわざわざこちらを向いてくれたので、そのだらーっ、とした格好のまま、俺は久しぶりに嘘じゃない言葉を、彼女じゃない彼女達に向けた。

「委員長は本が友達で、清水さんが親友なんだよー」

 そうしたら、横からずいっ、と出てきた女の子が、俺の方をむいてにかっ、と笑っていた。

「そうそう、分かってるじゃん、市ノ瀬君」

「そりゃあね」

 見てれば分かるよ。

 ひそひそと喋っていた女の子達が、清水さんを見上げて、罰が悪そうにしていた。

 そんな顔するなら、言わなきゃいいのに。

 ほんとを喋るって、面倒だ。

「あ……、春日」

 どもっている彼女達を前に、清水さんはひらひらと手を振っていた。

 攻める気は毛頭ないらしい。

「と言うわけで、朱里ちゃんは暗くないのー」

「あ、えっと、ごめん」

 流されるままに謝る彼女の言葉を聴かず、おお、と清水さんが手を叩いた。

「おっと、先生に呼ばれてたんだった……。後で、宿題見せてくれたらいーよ」

「ええ! また、やってないのー? 朱里」

「ふふふふ。実は、みなちゃんのをあてにしてたのだ!」

「こおおらあああ!」

 ずっとやっていそうだったので、俺が仕方なく声を掛けた。

「……清水さん、先生の用事はー?」

「あ、ありがとー。いってくる」

 台風のように去って行った彼女を、委員長は横目に見て、それからまた本にと目を戻す。

 清水さんが、彼女に目を向けたとき、ふっと雰囲気を緩ませたのは気のせいだっただろうか。

 また、彼女は溶け込んで、静かになる。

「カラオケ行きたいなぁー」

「……嘘つき」

 小さな声。

 横の彼女が、ルブランを読みながら呟いていた。

「何で分かるの」

「さぁ?」

 その間にも本からは目を離さなくて、何だか負けた気分だった。

「貴方の嘘なんて、だいたい分かるわ。みえみえだもの」

 そうやって言う彼女を、どうやって放課後慌てさせようか。

 そんな風に俺が考えてるなんて、きっと彼女は思ってもいないだろう。

 

「羨ましい」

「……は?」

「これは嘘?」

「……じゃないわね」

「何についてでしょう」

「心は読めないから分からないわ」

「予測とか」

「確信が持てないことを言うのは危険じゃないの?」

 俺が浮かべるような笑みを浮かべて、前に言った言葉を反芻してきたので、俺は負け惜しみで、下手くそ、と呟いておいた。

「思っても居ないくせに」

 そのまま正解を刺されるのは、本当に痛いことだと思う。

 でも、弓なりの唇は治っていなかったら、きっと俺はこの状況を楽しんでいるんだろう。

「放課後覚えてろ」

「帰ってるわ」

 平然とした顔で言う彼女は、俺が言うのもなんだけど、酷いと思う。

 

 彼と彼女の休み時間

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