カーテンの隙間から朝日が差し、外では雀たちがちゅんちゅんと囀っている。 意識の外でそれを認識して、やっと私は覚醒した。 感じる人によっては爽やかな朝かもしれないけど、残念ながら私は言い切ることが出来ない。 「眠た……」 ベッドの上で静止状態。 起こしてくる大人は、愛しい旦那の出張に付いていって現在留守。 こういう時はとっても嬉しいかもしれない。 だって、この眠気に浸りたいときもあるじゃない。 「一眠りしようかな……」 時計はまだ寝れることを示してる。……ギリギリだけれど。 あと五分。 小さなあくびを一つ。 丁度良い温もりとなっている布団の中へと再び潜り込む。 「うぅー、何ー」 枕に頭を沈めようとした瞬間。 計ったように携帯のバイブが鳴った。 目を開けるのも億劫で、目を瞑って携帯を手に取る。 「まぶしっ」 光が目に染みた。 そろぉ、と見てみれば。 ――寝るな馬鹿。 端的な文面。 思わず隣の壁を見てしまった。 と、また携帯が震えた。 長い。 着信か。 「はい、もしも――、どなんないで!」 向こう側から響いてきた轟音に耳を塞ぐ。 携帯が羽毛布団に埋もれた。 それでも聞き取れる。 「もしもし! 聞こえてるよ!」 叫び返せば、恐ろしく不機嫌な、声変わりした良く知った少年の声が響いた。 「あと一分で来なかったら、お前の朝食全部オレの物な」 ぶちっ、と切れた。 呆然としている私に、つーつー、という音が無常にも迎える。 「え、一分?」 ちょっとまってよ! 飛び起きる。 隅においてあったアウターを羽織り、ゴムとブラシを掴む。 誰も居ないリビングを通り抜け、裸足でドアを開ける。 冷たい床を走り、隣の302号室のドアノブを捻る。 「三秒前。遅いっていってんだろ」 肩で息をして倒れこみそうになったとこに、頭に衝撃。 不機嫌な幼馴染の顔があった。 すでに学ランを羽織っていて、髪の毛も既にセットしてある、所謂登校体勢。 少し目線を逸らす。 「……これでも急いだもん……」 「見事に寝起きだろ」 「そうだけどさぁ……」 無かったら無かったで一人で食べたよ。 むぅー、と思ってたら、ピシリといわれた。 「食っても、どーせめんどくさがってカロリーメイトとかだろ」 じとっ、とした目で、だからうちの親が作ってるんだ、って彼が言う。微塵にも疑ってないその目が少し悔しい。 その後ろから女の人の声が降りかかった。 「彗―。有希ちゃん来てるんでしょ? 早く連れてきなさーい」 「へーい」 裸足のまま立ってる私の手を掴んで彼は、彗は私を中へと連れ込んだ。 扉が開いた瞬間、美味しそうな味噌汁の匂いが鼻腔を擽る。 机に並んでいる相変わらずの和食スタイルに、思わず顔が綻んだ。彗のお母さんは、和食の方が好きで、作られる料理もほぼ和食なんだ。 「あらあら、おはよう、有希ちゃん」 私の格好に少し目を丸くしながらも、彗のお母さん、美奈子さんは微笑んで私を迎えてくれた。 目で椅子を指して、座るように促される。 私がそこに座れば、当然のように彗が隣に座って、無造作に箸を掴んで、いただきます、と一言呟くと一気に掻きこみ始めた。 何時も通りの光景に私が少しため息をつきつつ、同じく頂きますと一礼してお茶碗を取った。 良い具合の硬さのご飯に、やっぱり頬が緩む。少し固めの方が好きなんだ。 口に入れた味噌汁も風味を失っていなくって、やっぱり美奈子さん上手いなー、と思う。出汁パックとか使ってないんだろうなぁ。出汁入りのお味噌とか。 「こら、彗。煮干も食べなさい」 美奈子さんの声で、彗が私のトコに箸を突き出してたのに気づいた。 すっ、とお椀を引けば、しくった、という顔した彗がしぶしぶ箸を戻した。確かに煮干が挟まれてる。 「ちぇっ」 無念、とばかりに煮干をまた汁の中に戻した彗に、美奈子さんは少し怒った顔をした。 「いつも有希ちゃんにあげてちゃ駄目でしょう? 貴方のとこには一つしか入れてないんだからちゃんと食べなさい?」 「いや、なら入れなくてもいいじゃんよ……」 ぼそりと、彗が呟けば、カタン、と美奈子さんが箸を机に置いた。そして、静かな声で言ったのだ。 「……明日の朝食のおかず、秋刀魚を一尾。肝まできちんと食べてもらうわよ?」 「……食べます……」 それ勘弁……、と彗は観念したように、煮干を口の中に入れた。 私は無言でお茶を前に置いておいた。 彗、どんまい……。 にがぁ、と顔をしかめると、私が置いたお茶に手を伸ばし、いっきに流し込む。 「良い呑みっぷり」 「それだと大酒飲みみたいだな」 美奈子さんの隣で食べていた、彗のお父さんが笑っていた。 「そう思いません?」 「そうかねー」 「そうですよー」 「煮干食うにはアレ位のまねーと無理なの。OK?」 ごちそーさん、と箸を置いて彗は流し台の方へと皿を持っていった。 何時の間に……。 同じことを思ってたのか、美奈子さんも良い食べっぷりね、と感心していた。流石、運動部の男子高生。 そんな食べっぷりなど出来ない女子高生は、ゆっくりと味噌汁の御椀を手に持った。 相変わらず美味しいなぁ、と思いながら煮干を摘む。うちと違って、ここの家の味噌汁は白味噌で、尚且つ薄い。こっちの味に慣れた身からすれば、すでに家庭の味みたいになってるけどね。そう苦いとは思えない煮干を咀嚼する。 シンクに皿を置いた彗は、私の後ろに立つと、呆れた声を上げた。 「うわ、お前グチャグチャ」 肩と腰の半ばあたりまで伸びている、私の髪の毛を持ち上げて。どうせ、なんじゃこりゃ、っていう顔してるんだ。 味噌汁を口に含みながら、起きたばっかなんだからしょうがないでしょ、と言えば、それはお前が悪い、と一蹴された。ごもっともで。 すこし唸ってやったら、美奈子さんにも笑われた。非情に不本意だ。 「後で梳かすもん」 そのためにブラシ持ってきたんだから。 少し唇を尖らせ抗議。 そうだ、そのまま学校に行くわけじゃない。ちゃんと身支度はしていくよ。 そんな私の抗議を何時も通り彗は聞き流し、時計見てため息をついた。 「……オレやってやるから、櫛寄越せ」 持ってること知ってるんだから、と手を突き出す。 えー、と渡さなかったら、さらに手を突きだす。 数秒の攻防後、自分より一回りはでかい手に渋々置けば、さっさと渡せよ、と頭を叩かれた。 「彗の手つき荒そうだもの、仕方ないわ」 私が、彗に乱暴にされる事を嫌がってる、と美奈子さんには見えたのか、机に頬杖を付きながら、彼女は言った。 彗は心外だ、とばかりに、額に皴を寄せる。 「お袋、それ酷い」 「印象がそうさせてるのよー」 にこにこと笑いながら何気に酷い事言う。 ご飯の最後の一口を咀嚼しながら、私は思った。 実は違うって知ってるけど、まぁ、映っちゃうのはしょうがないか。 彗は諦めたように美奈子さんから顔を背け、私の髪の毛を手に取った。 丁寧な手つきで彗は私の髪を梳く。 「そろそろ梳きに行ったら?」 「めんどくさーい」 「結構髪の量多いぞ?」 「結んじゃえば分かんなくない?」 「わかるだろ」 その間にも、私はご飯を食べる手は止めなくて、彗も梳くのを止めていない。 梳いてくれるその手は、口調とは裏腹にとっても優しくって、気持ちよかった。 別に、さっきだってやってもらう事が嫌で拒否した訳じゃなくって。自分がやるつもりで来たから抵抗しただけ。彗は手先器用だから、美奈子さんが言うみたいに、乱暴乱雑にしたりはしない。しようと思えばするとは思うけど。 けど、私のをやってくれる時は、決まって特別丁寧にやってくれるんだ。悔しいけど、私よりほんと上手。ドライヤーも時々やってくれるけど、気持ち良いんだよなぁ……。 全く痛みを感じないまま、味噌汁の最後の一口を飲み込み、ご馳走様でした、と美奈子さんにお辞儀する。 「彗、ありがと、あとやるー」 立ち上がろうとすれば、上からの圧力。肩を押さえられている。 「ストップ。お前下手糞だから、オレがやる」 「へ、下手糞じゃないもん!」 「はいはい」 全く相手にされず、椅子に押さえつけられる。 こういう時には何しても駄目だ。彗は聞いてくれない。 結局最後までやってもらって、綺麗にツインにしてくれた。 「ありがとー」 「いーえ」 「……と言い終わりたいんだけど、私いつも一つだよ?」 二つなんてした事ないから、気恥ずかしい。 けど、彗はそんな事お構いなしに、首を振るだけ。 「一つはダサいから、オレ嫌い」 「いやいや、彗の好みなんて聞いてませんから!」 「全部やってやったんだから文句言うなよ」 「だからありがとうって言った。もうっ、一つにする!」 「オレの厚意を無駄にするつもりか!」 「だからーっ」 「お前は絶対一つは似合わないから!」 「知らないぃいい! ツインは恥ずかしいの!」 「いっつも一つだろ!」 「めんどいもん」 「と言う訳で、今日は解くなよ!」 なおも言い募ろうとしたら、横から笑い声が聞こえた。 美奈子さんだ。 「貴方達、ほんと仲良いのねぇ」 笑いながらも、同時に感心したように言うので、私と彗は一旦止まって、顔を見合わせ。 「そうか?」 「そうですか?」 同じく、普通でしょ、と言ったのだった。 |