いつも通りにあいつが俺のベッドでごろごろしている。
 俺が端に座れば、ピタッと止まって、眩しいのか左腕で目を覆った。
 風呂から出たばかりなのか、薄いTシャツに、ショーパンを着ている奴は、少しシャンプーの匂いをまとわせていた。
 同じもの使ってるけど。

「今日も?」

 と聞けば、数瞬の間をおいて。

「今日も」

 肯定の言葉が、充血したように赤い、彼女の唇から溢れ落ちた。
 そう、と見えてないだろうけど頷けば、うん、と誰とでもなく言って、彼女は小さな掛け声と共に起き上がった。

 スポーツをやれば絶対どこかで芽がでるのに。そう称された、彼女の身体。実際、体力面では運動部の奴には負けるけど、他の分野では、磨き上げられた粒よりも、原石である彼女の方が良い成績をだしている。誰からも惜しまれて、妬まれて、選択しなよ、と言われたときに。

 ーーそれじゃ、一者択一だよ。私は、やらないことを選択したの。だから、やらないよ。

 そういって、俺が所属しているテニス部のマネージャーになった。
 ラケットを握らせたら、きっと良いとこまで行く。
 誰からも言われるけれど、彼女は笑って、マネですから、と言う。
 ラリーの真似事はするけれど、試合は決してやらない。スコアーボードをとらなくてはいけないから。
 スポーツが出来る、彼女の逆襲。やらないこと。

「けーちゃん?」

「……ちゃん言うな、バカ鳴」

 それだけ言って、仕方無く彼女の隣に座った。
 俺は知ってる。
 こいつがやらない理由。

「バカじゃないもーん。けーちゃんの方が今回三十点低かった」

「二十八点。三十じゃない」

「二点なんてそう変わらないよ」

 飽きれたように笑う彼女がやらない理由。

 一人になりたくないから。

 スポーツをやってたら、俺の家にも忙しくてこれなくなる。

 素材が良いから、長年やっていた人を抜かしてしまう。そこで鳴を認めてやったらコイツが今スポーツをやっている、という未来も存在し得たのかもしれない。でも、人間そうは強く出来ていない。嫉妬してしまう。それが当然の原理だ。
 一人の家。
 親は単身赴任で、両方ともめったに帰ってこない。

 半一人暮らしの鳴に、うちの親が彼女を無理やり引っ張ってきたのはいつの事だったか。
 寂しいなぁ、と時々思いだしたようにポツリと呟く彼女に、俺は手荒く頭を撫でてやるしかできない。

「つめてっ」

 ひんやりと冷えた髪の毛。まだ軽く湿っている。

「やめろよ……、俺の枕濡れる」

「え、乾いてなかった?」

「少しな。ーー乾かしてやるから、タオル貸せ」

 彼女が持ってきたのをふんだくり、少し手荒に拭く。
 少し漂ってきたシャンプーのは、俺と同じはずなのに、違うように香った。
 酔いそうだ……。
 最初は少し強張ってた鳴の肩が、今はリラックスしたように俺の方にもたれかかってきている。

「重い」

「ひどー。けーちゃん暖かいんだよー」

「げっ、それ湯冷めじゃね? 乾いたからさっさと布団入れ」

「はーい」

 と言いながら、俺のベッドの布団を被る。

「……お前なぁ……」

「今日も、って言った」

「……一応、俺も男な?」

「知ってるよ?」

「……いや、知らねぇだろ」

「えー、知ってるよ」

 布団から飛び出した白い手が、俺の顔を触る。

「こんなカッコいい顔があるんだよ?」

「アリガトーゴザイマス」

「え、何で片言?」

「お前が言っても信憑性無い」

「ひどーい」

「ーーと言う訳で、俺が客間行くな」

 同じ枕じゃなきゃ寝れない、なんていう性格でもないし。
 でも、いつも通り、止められた。

「やぁーだ」

「あのな……」

 意外に力強い手が、俺のを掴んでいる。
 これだけありゃ、そりゃ惜しまれるか……。
 関係もないことが頭をよぎる。

「一人寂しいんだもん……」
「お前は赤ん坊か」

「あ、赤ん坊は言いすぎだとおもうなー。あ、でもフランスの赤ちゃんは、ほっとかれるらしいね」

「じゃあ、お前はそれ以下だな」

 墓穴を掘った、という顔をしている顔を弾いて、しょうがなく、いつも通りに自分の布団に足を入れた。
 なるべく間をとって、と思うけれど、そうはさせてくれないのが、この幼なじみで。

「さむぃいー」

「湯冷めしたんだろ……」

 俺の手を握って、額を背中に押し付ける。
 何この拷問。

「付き合ってる訳でもないだろ……」

 ぼそりと呟いた言葉に、後ろの鳴が過剰に反応した。
 体を強張らせたのが背中越しに分かった。

「そんなの……。付き合うって、愛想つかされたらそこでポッキリ関係終わりだよ。そんなのいやだ……。ーーけーちゃんは、違うもん。やだ……」

 俺こそ掘らなくて良い穴を掘ったらしい。
 だめだなぁ、と思いつつ、鳴と向き合う。
 俺の背中に押し付けてたから、顔は間近だ。
 手を外させて、頭を両手で包み、額に口付けた。

「変な事考えずにさっさと寝ろ」

 軽く額を叩いてやれば、安心したように鳴はふにゃあと笑うんだ。

「うん」

 そういいながらもそもそと俺の顔の所まで上がってきて。

「おやすみ、けーちゃん」

 自分のを俺の唇と合わせて、また笑って。俺の肩あたりまで下がっていった。


 寝息が聞こえてきたころ。


「バカ鳴……」

 ほんとは、気づいてる。
 このもやもやとした気持ちがなんなのかも。
 俺がどうしたい、というのも理解してる。理解してるけど。
 苦いキスの味。止めてほしい。そういう関係にしたくないなら、俺を意識させるな。
 けど、自惚れたくて止めれない俺がいる。

「くそ……」

 手の中にある柔らかい感触。
 強いと思われてる彼女の、とても脆い心は自分だけが知っている。
 俺の一言は、彼女を、今を壊す。
 だから、言えない。
 今寝たら、このもやもやが消えますように。
 何百回何千回と思ったこの祈りを込めて、俺は強く目を瞑った。
 

 この想いは、すべてを壊す。
 この想いは、伝わらない。

inserted by FC2 system