「こーんにちは、男前な姐さん」

 人懐っこそうな笑みを浮かべて、その男は立っていた。

 少し長い灰色の髪の毛を、前会ったときとは違い、一括りに結んで前に垂らしていた。危険な光を宿した、月の光を跳ね返したような瞳が俺を写している。

「こんにちは、女たらしの男前さん」

「あらま、俺、そんな風に見える?」

「残念ながらな」

「しまったな……。今度から注意するとするか」

 よーし、と言った彼は、まっすぐと俺を見ている。

 少し、この視線は苦手だ。

「身じろいじゃって可愛いなー」

「褒めても何も出てこねぇよ……」

「俺、可愛いのには素直に反応するんだ」

「じゃあ、今回は残念ながら誤作動してるみたいだな。一回医者にでも見てもらえ。良い医者のとこに押し付けてやるよ」

「ひ、ひでぇなぁ。さっきまでいた、護衛君もそう思ってると思うけど?」

「ライが? ありえねぇーな。ただ、姫さんがいる、とだけしか認識してねぇんじゃないのか」

 あいつが俺に修行するな、と言うのも、いざ帰る時に怪我があったら面倒なだけだろ。

「にぶにぶだなぁ、姐さんは」

「しるか」

 さり気なく頭に手を当てる。使える髪飾りが一本刺さっている。太股にも四本ナイフをしまっている。いざとなったら牽制して、とっとと逃げる。

 逃げる算段を頭で付け、髪飾りを抜きやすい耳まで移動させた。ずれたのを直すようにして。

「あぁー、ダメダメ」

「は?」

「姐さんに似合うのはそんなんじゃなくって」

 ギリギリ保っていた五歩の間が一瞬で詰められた。

 とっさに髪飾りを抜く。

 が、それも軽やかに、強引ではなく自然に俺の手から取り出された。

 ーーくっそ。

 こんななりしてても、俺は女で、こいつは男。並の奴には勝てても、こいつみたいなプロには、力で勝てるはずが無かった。

 太股に手を伸ばす。まだ、武器はある。

「あーぶねっ」

 手を掴まれた。すっごい握力。

 しまった、右だけじゃなくって、左にもやっときゃよかった。

「なんか仕込んでるんだろ? さっすが用心深いなぁ」

 素直に感心しているこいつ。それでも、手の力は抜けないというのは、俺こそ流石、と思うしかない。

「姐さんに似合うのはこれだよ」

 いつの間にか握られてた花菖蒲が俺の耳に掛けられた。

「ーーそれでも戦えと?」

「姐さんが戦ってる姿はそそるから」

「なっ……」

 にやりと、そのまま言ってのけた奴を凝視する。

 何つー事を言うんだ!

「姐さんはさ」

 俺の手を握って、眼前まで持ち上げ、奴は口を開いた。

「何のために戦ってる?」

 何の、ために?

 そんな、愚問を。

「お前ら倒すためだ」

「何で?」

「何でって! お前ら、俺殺しに着ただろ! むしろ今も!」

 その不安要素を妹に向けさせないために、鴉と契約を交わして、今の位置にいる。

「お前らが狙うから、俺はこの位置にいる」

「へぇー。そりゃゴメンな」

 そんな軽いノリで! 

 軽く殺意を覚えて、蹴り出してやろうかと思った所で、奴が、でもさ、と口にした。

「何でそんな、泣きそうな顔してるわけ?」

「して……」

「してる」

 鏡見せようか? と微笑をのせて彼が首を傾げた。

「俺らと戦うときも、剣を握ってるときも。その位置にいるときの姐さん、すっげー泣きそうな顔してる。ーー怖い?」

「な、にが」

「なーいしょ。俺が答えちゃったら面白くないだろー。……でも、怖いならさ」

 俺の手に、ワザとか音を立てて口付け、にかっ、と笑った。

「こっち来る? 俺が守ってあげるけど?」

「……正気かよ」

「うわ、ひっでー。俺、結構地位あるんだぜ?」

「職権乱用」

「……俺難しい言葉わかんなーい」

「説明してやろうか?」

「遠慮願いますー」 

 あははー、と乾いた笑いを浮かべた後、でさ、と言い出す。

 こいつの切り替えには、多々として付いていけない。

「来ない? 真面目な話さ」

「いかねぇーよ。俺はあいつらの頭で、姉だ。お前が言う立場は俺にとっての誇りだ。お前の手はとれない」

 ばしっ、と手を叩く。

 その手をひらひらさせ、道化師のような面持ちで奴は肩を竦めた。

「んー、残念。姐さん着たら楽しいかなぁーって思ってたのに」

「楽しく過ごしたかったら蝮を抜けるんだな」

「そりゃ無理。兄弟は裏切れない」

「俺と同じか」

「あー、同じかも」

 大恩ある親父の事は裏切れないもんなぁー。

 そう零し、彼は笑った。

「じゃあ、また姐さん気が変わったらー」

「お前も気がかわったらなー」

 

 

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