「ディー、ちょっといいか?」

 ある晴れた、仕事のオフの日。

 フェニは雑務を終え、後ろにいるディーに声をかけた。

 

 こざっぱりとした、大きな盗賊のお頭とは思えないほど、質素で簡素なフェニの部屋。

 前のお頭もあまり豪奢にしたがらなかったらしいが、フェニのはそれよりも質素らしい。

 王家として豪華な調度品に囲まれ、うんざりとしていたフェニにしてみれば、それすらも煩わしかったのだ。

 そこで上への書類を書く中、ディーはずっと後ろに控えていた。


 頷いて答えるディーに、剣を持たせる。

「修練手伝ってくれ」

 ディーは自分の手の剣と、フェニが握っている剣を交互に見つめ、困惑したように首を傾げた。

 どうして? という声が聞こえてきそうだ。

 それを読み取ったらしいフェニは、苦笑気味に二の腕を叩く。

「全く握ってないから、なまってそうで怖いんだ」

 肉もついてきたし、と言うと、彼は首を横に振ってそれを否定した。

「そうか? ライとかが握らせてくれないんだぜ? 俺を舐めてんのかって」

 憤ったようにフェニが言うと、ようやくディーが口を開いた。

「言うよ。ライに」

「何を?」

 ディーは軽く笑って、唇に指を当てた。

「え、秘密かよ?」

 コクコクと頷く彼を、軽く睨む。

 この時ばかりは、彼の無口さが恨めしい。

「……やってくれるか、やってくれないか」

 ディーは笑って頷いた。





 修練をやろうと思っている広場に行くまでには、皆が集まる談話室を通りすぎなければいけない。

 がいがいわやわや、お祭り騒ぎの談話室の中、フェニが集まると、一斉に皆が静かになった。

 そして、皆が気まずげに酒をそそくさと隠す。

「えーと、お頭?」

 こめかみをピクピクと痙攣させているフェニを見た、団員が恐る恐る声をかけると。

 その状況のまま、社交辞令用の笑顔を見せた。

「何、かな? 団員諸君」

「あの、な。お頭……」

「これには、その」

 女だからと言って、彼女を侮る者など、この中に一人もいない。

 なぜって、フェニの強さと、恐ろしさを知る者ばかりだから。

「私は、当分の間、酒は一日一杯と、言ったよな?」

 後ろにいるディーに確認をとれば、彼は深く頷き、それに応える。

 恨めしげにそれを見る者もいるが、護衛役兼補佐役である彼が堪えるはずもない。

 静かに、冷やかに見つめてるだけだ。

「確かに、お頭。一週間前のこの時間に」

 仕事モードに入ったディーが裏付けをした。

「禁酒は流石に可哀想かな、と思ったんだよねぇ。私」

 一人称が私に変化。

 密かに引くもの有り。

「その情けは無用だった、って訳かな」

 にっこりと笑い、表情一変。


「てめぇら、むこう1ヶ月禁酒だ! 補給路も断ってやるから覚悟しなっ」


 談話室に悲鳴が木霊した。




「ねぇ、フェニ。あれって厳しすぎじゃないかな?」

 酒を貯蔵庫に戻していると、後ろからスウの声がした。

 ふりかえらずに俺は首をふった。

「前みたいな事おこしたら嫌だからな。俺はそんなに優しくない」

 よっ、と樽を上に積む。

 その横でディーが二つ並べている。

 スウはそこまで力がないので眺めているだけだ。

「酒の飲みすぎで暴動? 義賊の名が聞いて呆れるぞ」

「あれは僕もダメだと思うね。それなら、仕方ないかなぁ」

 ディーも首肯していた。

「スウ、酒の補給路分かるか? 生憎俺は知らねぇ」

「フェニ女の子らしくない……」

「メルみたいな事いうな。で、知ってるか知らないか」

「知ってるよ。多分、すぐに潰せる」

「流石だな、スウ。ーー任せた」

 スウの頭にポンと手を置き、微笑んだ。

「ん」

 嬉しそうに笑うと、スウは高そうな瓶を一つ手に取る。

「そこのおじさんに代金代わりにこれ渡すけど」

「良いよ。どうせ盗ったやつだ。いつもすまんと伝えてくれ」

「分かったー」

 スウは座っていた樽から飛び降りると、軽い足取りで外へ出て行った。

 野郎共の悲鳴が聞こえたような気がしないでもないが、そこは自業自得。無視することとする。

「ディー、すまん。回り道した」

 手を合わせて謝礼すると、手を振り、大丈夫と伝えてくれた。

 無口な奴だけど、目の表情が豊かで、大体のことは分かるようになった。

「じゃあ、早めにいくとするか」

 頷くのを待って、俺は倉庫を出て特注の鍵を扉に掛けた。

 簡単には鍵開けできないぜ?

 一番鍵開けが得意なスウが一日掛けてやっと解けたくらいだからな。

 その錠前を3つ付けて、俺たちは倉庫を後にした。

 談話室に戻れば、寂しくジュースを飲んでいる野郎共多数。

 暴動を起こす方が悪い。

 恨めしげな視線を、徹底的に無視して突き進めば、広場につながる通路の中程で、狭い道を足で道をふさがれた。

「何のつもり」

「どこいくつもりだ、フェニ」

 ライに見つかった。

 舌打ちしたい気分だ。

「広場だけど?」

 正直に告げれば、案の定、目が釣り上げられた。

「修行なら止めとけっていったはずだけど?」

「言われたけど。俺、頭領。お前に指図される言われはないはずだよな」

「指図じゃなくって、忠告。イイトコの女がやることじゃないだろ」

「それさ、何度も言ったけど、俺、軍に所属してたんだって。つか、俺より弱い奴に言われたくない」

 ぐっ、と詰まったライ。

「で? 何で止めるんだよ。いっつも思うけどさ」

「な、何でって、そりゃ……」

 いきなり黙ったライ。

 なんだそりゃ。

 理由が明確じゃないのに言ってたわけか?

 ……頭舐めんなよ?

「ライ? 俺は、何だ?」

 押し黙り、数秒して、しぶしぶといった表情で、ライは絞り出した。

「……頭だ」

「だよな? フェニティアなんていう”お姫”は今存在しない」

「でも、お前は」

「てめぇらが頭に、と望んだくせして、なった途端、弱くなれ? とんだ美談だな」

 鴉の弱体化を率先して動かしたいなら俺は止めないぜ?

 いつもより荒くなった言動に、ライがたじろぐ。

 後ろで控えていたディーがぼそりと言った。

「正論」

 咎めるように、ライがディーを睨む。

「ディー」

「事実言っただけ」

「でも」

「頭強いから問題ない」

「……そうだけどよ」

「いつも負けてるライ、思うことじゃない」

 そうしてふい、とそっぽを向いたディー。

 その横顔を見て、ようやくピンときた。

 あぁ、こいつ。

「怪我なんてしねぇーから心配すんな」

 にやり、と笑っていってやれば、肩を奴は奮わせて俺を凝視した。

「なっ」

「心配してくれてありがとなー。ーーだが」

 百年早い。

 図星を刺されたせいか、足が棒になってる奴のを刈り、体制を崩させた所で颯爽と駆け抜ける。

 ディーも気にした様子も無く、後ろをついてきている。当たり前のように無視をされているライが可哀想な位だ。

「何も言わないんだな」

 ライの文句を背に、外へとつながる通路を走りながら後ろのディーに言った。

 彼は何の事? と無言で返してきた。

 いつも通り、沈黙で多くを語るディーに、流石に苦笑が漏れた。慣れた、理解しだしたからこそ、思わずにはいられない。ほんとに、無口だ、って。

「本来他人のはずの俺が、奴等に手ぇだしてもお前、怒んないだろ? 普段なら怒るのに」

 街に降りた時、それが戯れであっても、仲間に手出しをされると、苛立ったような雰囲気を漂わせる彼だ。さっきの足払いなんてもっての他のはずなのに。

 と、思った所で、失言に気づいた。

 やべ。

 これ、愚痴じゃん。

「……わりぃ。忘れてくれ」

 何自分の不安、アイツに突かれたとこ押し付けようとしてるんだ。かっこわりぃ。

 少しの沈黙の後、ディーが突然口を開いた。

「頭……フェニは、仲間。それだけ」

「なかま」

「今更すぎ。皆、思ってる。俺だけじゃない」

 それから、困惑したような声がした。

「フェニらしく、ない」

「俺?」

「表情」

「普通、のはずだけど」

 違う。

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