2020年.世界のIT技術が大躍進し、10年程前からささやかれていた「ユビキタス」社会へと発展した。至る所にMPUが埋め込まれた物体があり、人の生活の質が高まり、無駄も省かれるようになった。

 紙面も無くなり、本、漫画、新聞さえも、デジタル化し、数ミリのマイクロチップに収められることとなる。デファクトスタンダートとなっていたADSLも、イノベーションによって高速化したSX−ISDNへと移行した。アナログがどんどん消えていき、代わりにデジタルが増加していっている。

 マイクロソフト社も、昨今、アイコンなどグラフィック化されている、GUI(graphical user interface)に次ぐ新しいinterfaceを発表。その名も、VUIvirtual user interface

 マウスのような端末に手を当てる事で、視覚神経とシンクロさせ、あたかも目の前に画面があるかのように写る。動画などは、目の前でその事が起こっているように見える。この事のおかげで、ディスプレイが消え、コンピューターの小型化がさらに進む。

 さらには、マイクロソフト社の社長がある驚くべき行動を示した。

 MPUの脳内移植。いわば、脳内にパソコンを入れたようなもの。

 脳内の中枢部に入れられたソレは、電気信号によって他の感覚神経他と繋げられ、脳の一部と化した。

 これにより、Windows-wizard――つまり、VUIが使われた機種に、入力装置、すなわちキーボードやマウスが消え、自分の「感覚」がinterfaceと成り代わったのだ。……このMPUを埋め込んだ人物だけだが。

 一部の人間だけだが、一昔前にやっていたインテルのCMが実現してしまったのだ。

 このことのお陰か、マイクロソフト社の当期の純利益が10%増えるという恩恵があった。

 このMPU――ファントムは、当時の米ドルで60万ドル。当時のレートが110円であったから、日本円にして6000万。手術料も含まれていたのだから、当然といってしまえば、当然だ。

 こんな高いものでも、財団の頭、大企業のTOPはこぞって手術を受けた。失敗例は、彼らの情報網からは掬いあげられなかったし、ユビキタス社会において、ファントムの存在はとてつもなく美味しいものだと思ったのだ。実際、ファントムがある会社は、登記の純利益が少なくとも5%は上昇したのだから恩恵はあるといって良い。

 個人をとりあげてみても、ユビキタス社会において、埋め込まれているMPUに干渉するための端末が、ファントムがある人は不要だ。なにせ、自分自身が端末と言っていいのだから。MPUが埋め込まれた「本」に触れれば、要領にもよるが、ほんの数秒で内容を詳細に覚え、読みきることが出来る。これが書類であったら? パソコンでの、始末書などは当たり前なのだから、これも数秒で処理できる。ファントムでの処理機能は100THz、容量は800TB。ただのテキストファイルならば、100KBもならないだろうから、触れた瞬間に終了だ。

 これにより、多くの時間が短縮され、指示が効率化。監視カメラも社長自身の目となり、社員の管理体制も万全となった。

 このような状況から、大企業の社長はファントムを保有していないと通用しなくなってきた。よって、毎年けして安くない買い物をする富裕層の人間が居るのだ。マイクロソフト社も、ファントムのお陰で、年収は30億は増えているだろう。

 ――が。

 マイクロソフト社は、この金蔓を手放した。理由は不明。

 社長の病が原因では無いかと憶測されているが、公式の説明はなし。けれども、手放されたのは事実だ。

 そして、受け入れ先は、アメリカから遥か東、日本。

 分かっているのはココまで。とある、パソコン関係の会社だという話だが、どこまでかはついに分からなかった。ただ、ファントムを埋められた人間が増えているという事だけが事実だ。

 

 

そんな中、現れた、侵略者。

 

 

CPU

 

 

これは、そんな“CPU”(彼ら)の物語。

 

 

 

 前章で述べた彼らについて、少し説明させてもらう。

 先程は、侵略者と述べたが、IT,P.C上では、これ以外にも、さまざまな呼び名がある。

 「Tyrant(暴君)」「Trickster(詐欺師)」「Wise-man(賢者)」等。

 CPUとは、彼らが事を行った後に必ず残るコード。クラックしたHPのすみに。ばら撒かれたウイルスノソースの中に入ったNAME。投書に書かれているHN

 自称されているから、残っている残骸。

 唯一の足がかり。

 さて。

 何故、CPUが、TyrantTricksterWise-manと呼ばれているのか。

 まず、彼らの行動が理由の一つとしてあげられる。

 多くの企業が、CPUの動きを予測して、対策を練り、有効な手立てを探してはいる。

いるのだが、彼らの行動は奇想天外。……というより、気まぐれ。

 新しいプログラム――Firewall(防御壁)を公表したかと思えば、最悪のプログラム、ウイルスをばら撒く。白or黒? 善or悪? いや、混沌色。どこにも属さないTyrant。気まぐれなTrickster

 彼らの行動の裏には、深い知性、広すぎる知識、精巧すぎる技術力が見える。ネット上で、Wise-manとして奉っているプログラマー、ハッカー、クラッカーがいるのも、この事が原因だ。

 彼らの多くは、否、大半は、CPUを大人の誰かだと思っていたし、彼(He or She)を、彼(They)だと思っても居なかった。CPUが、高校生であり、四人のグループからなるものだと、想像

考えた人物なんて、一人も居なかったのだ。

 しかしながら、CPUは、この日本にい、とある私立高校のP.C室で、四人で活動しているという事は、紛れも無い真実であったのだ。

 

 

 

 GX市。

 東京ほど都会で無く、かといって田舎でないところ。

 学業を行うには、良い立地条件であろうという創立者の言葉によって、建てられた、時雨学園高等部。

 小学部から大学院で成る学園で、多数の有名人を輩出し、偏差値65越えの有名私立学校である。

 そのため、入学金、授業料、支援金が高額ではあるが、金持ちの子弟が、毎年、時雨の門を叩きにやってくる。

 個別指導、最新器具の導入、高名な教授による授業。

 魅力的な学校施設。

 ――そんな所に、娯楽に飢えた、彼らがいた。

 

 

 

「――っと、終了」

 時雨、高等部、IT研究室。

 一教室丸々使い、七台のP.Cと、膨大な資料、半分位余ったスペースを贅沢に談話質的にレイアウトされている、贅沢な研究室。

 この研究室もどきは、IT研究会によって使われている。所属の生徒は、それぞれの大企業の御曹司、令嬢であり、それぞれ得意分野では、名を馳せてもおかしくない技量の持ち主だ。

「これをコンパイラすれば、どーにかなるな」

 その内の一人。

 黒髪、短髪。くっきりとした顔立ちに、すらりとした四肢。全てが計算尽くされたかのような造形美。好青年……のような雰囲気の持ち主。

 桐原 煉(18)、三年。とある、財団の息子で、時雨高等部、理数系のTOP、全国模試も受けたら、必ずTOP集団に踊りこむであろう秀才。

「さて、と。今回は何処にクラックするか」

 そして、CPUの、プログラム、クラッキング担当。

 リーダー的存在だ。

「煉? もう出来たの?」

 そこに、向こう側のパソコンの方から顔がひょっこりと出てきた。

「煌。とーぜんっ。煌の提案通りに作れたぜ」

「そう。お疲れ様」

氷雨 煌(17)、同じく三年。大手IT企業の社長令嬢で、次期社長と名高い才女。煉に次ぐ、理数系TOP

長身の美少女というより美女で、凛とした雰囲気を纏う。艶やかな黒髪を持ち、いつも違った髪形で登場するという。

そして、優秀なシステムエンジニア。

煉が最も信頼する相棒。

「それじゃあ、Dragonβは、まだと見てもいい?」

「まさか。もう統合テストまで終わったよ。後は、煌がシステムテストと、運用・保守をするだけ」

「仕事、速いわね」

「ありがと」

 嬉しそうに微笑む煉。学園の煉崇拝者……がいるかは別として、見たら、とろけそうな笑み。そうでなくても、赤面してしまうだろう。……ではあるが、煌関係でないと見せないと、周りの人から有名である。

その反応に、煌はほんの少しだけ唇を弓形に反らせると、煉の方まで歩み寄り、肩に首をのせて、ディスプレイを覗き込む。

ちなみに、この教室内のP.C全てが、VUI仕様ではない。一昔前のGUIで、ディスプレイがある。とは言っても、処理機能は問題なしなので、全く不満は出てなかったりする。

「今日は、C?」

「うん。JAVAは少し飽きたんだ」

「で? JAVAの次はCで。Cの次は何になるの?」

 呆れ気味に煌がたずねれば、少し首を傾げた。

「機械語とか?」

「機械語? 物好きね。0と1しか無いじゃない」

「そういう単純なとこが良いんだ」

「ふぅん。良くわかんないわ。まぁ、プログラムが破綻してなければ、何にも言わないから」

 安心して、と言うと肩から首を上げた。

 それに少しだけ残念そうにしながら、煉は首をかしげた。

「それ、俺のLinuxだけど、どーしたの?」

「ん?」

 煌が起動させようとしてるのは、煉のP.C

 プログラミングに特化させてあるのは知っているはずだが?

 もちろん、煌以外の人間が触ったものなら、首を傾げるどこではすまなかっただろうが。

「煌のwindowsは、そっちだろ?」

「あぁ。耐久テスト用のプログラムを作ろうと思ったんだけど……。駄目だった?」

「まさか! あ、でも、それようのプログラムなら……」

 デスクの引き出しから、USBメモリを取り出し、ラベルを確認すると、煌に手渡す。

「これ、U.C-cDragonβの間に作ったんだ」

 耐久テストと例外テスト用のとかが入ってるからー、と付け足すと。

 流石に驚いたようで、煌は目を丸くした。

「作ってくれたの?」

「あー、うん。暇だったし」

 煌は、メモリと煉の顔を交互に見。

「……ありがとう、煉。助かるわ」

 珍しく、顔を綻ばせた。

 ――普段、微笑しかを見せないと、学園内でも有名な煌が。

 それに、煉がピシリと固まってるうちに、煌は置いてあったメモリを拾い上げ、手の内に納めると、自分のP.Cの方へと歩いていってしまった。

「うわぁ……。不意打ち反対――」

 だから、真っ赤になって、頭を抱えている煉の姿を、幸か不幸か見ていなかった。

 

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