洛中の人々
 
 
王家の場合
 
 
 
「あぁ、千戸部郎中の奥様ですね。予約されてた玉はこちらで御座います」
「まぁ、素敵に仕上がったわね」
「奥様にとても似合っていますよ」
「あら、瑶漣さんに褒められるなら自身持ってみようかしら」
「えぇ。自信を持ってもよろしいと思いますよ。とても素敵ですわ」
 可憐な顔を持つ少女が、一人の夫人を前に堂々と接客をしていた。
 彼女の名は、王 瑶漣。
 ここの店の豪商と名高い、玄翔の次女である。
「兄さん。翡翠の玉を取ってきてもらってもよろしいかしら?」
「あ、あぁ。持ってくるよ」
「ありがとう、兄さん」
 瑶漣はくるりと夫人の方を向き、にっこりと笑った。
「奥様。その玉に合う、上質な翡翠が仕入れれましたの。見ていかれますか?」
「そうね、見ていこうかしら」
「分かりました。兄が持ってきますので、今しばらくお待ちくださいませ」
 綺麗に一礼して見せると、瑶漣は店の奥へと下がり、兄を探した。
「兄さん! 何やってるの?」
「いや、翡翠の箱ってどこだったかなーと」
「兄さんの目の前にある箱よ」
 じとーっ、とした目で見ると、流石に恥ずかしくなったのか、急いで小さな箱を手に取り、夫人の方
へと歩いていった。
 接客のほうでは、大丈夫だとは思う。……たぶん。
 跡継ぎとして育てられたというのに、兄は少し抜けたところがある。
 商人としては致命的だ。
 けど、そんな所も兄の一部であるから、瑶漣はそんな兄は嫌いではなかった。
 心配ではあるけれど。
「姉さーん」
「帰ってきてたの? 璞輝」
「うん。ただいま、姉さん」
「悪いけど、兄さんの補助行ってきてくれる? ちょっと怖いのよ」
「あー、いいよ。このまんまの格好でいいかなぁー?」
「いいわよ、別に。鈴明のうちみたいに、反物屋じゃなくって、玉を売ってるんだから。……気になる
なら、この首飾りでもかけていきなさいな」
「分かったー」
 素直に首飾りをかけて、兄の補助へと璞輝は向かった。
 あの弟は、塾に通っているけれど、常に1位という、とても頭の良い子で、しかも何をやらせてもそつ
なくこなしてしまうから、たぶん失敗はしないだろう。
「終わったの? 瑶漣……
 若干青白い顔をした、細やかな女性が店の奥から出てきた。
「お姉ちゃん。今日は、調子が悪いなら寝ててもよかったのよ?」
「そういう訳にはいかないわ。そうね、何すれば良い?」
 少し病弱で、結構わが道を行くこの人は、首をかしげて問いかけてきた。
……兄さんの補助を。璞輝もいるけれど、似合うかどうかは、お姉ちゃんが言ったほうが説得力があ
ると思うわ」
「分かった。行ってくるわね」
 頼りない足取りで、姉が兄の補助へと歩いていった。
 倒れないといいけど。
 瑶漣は、そのままの足で、居住空間へと入った。
「あら、瑶漣。交代の時間?」
「うん。兄さんとお姉ちゃん、璞輝が入ったわ」
「今日のお客様は?」
「千の奥方、煉の主人、あと妓楼が2件きたわ」
「まぁまぁの出入りかしら」
 華やかないで立ちで座っていたのは、昔妓楼にいたという、母、玉環だ。
 そのたおやかな微笑の裏には、深い知性が紛れ込んでおり、言葉には深い知性が見え隠れする。
「さてと、瑶漣」
「はい?」
「誰が良い?」
 来た……
 恒例の見定め会。
 5枚の写真があって、少しの紹介文が載っていた。
 つまりは、お見合い写真。
 ……今月に入って何枚目ですか? 母さん。
 一応ざっと見て、少し考えた。
 これで下手に答えると、本当につき合わせられかねない。
……全部駄目ね」
「あら、何で?」
「全員、この辺で打ち止めになるんじゃないかしら。これ以上の出世は見込めないわね。それに、個人
的にこの方たちは好きになれないわ」
「そうねぇ。流石、私の娘だわ」
 試験終了。
 お望みの答えだったようだ。
「玉環。また、瑶漣で遊んでいるのか?」
「違うわよー。勉強させてただけだわ」
「そうなのか。……でも、まだ、瑶漣は嫁にはいかさない」
「あら、ちらりと出たわね、親ばかが」
「当たり前だろう。こんなボンクラどもに、瑶漣は渡さんぞ」
 豪商、玄翔。
 瑶漣の父。
 そして、ここまで育て、仕込んだ人物。
 が、子離れの出来ない父親でもあったりした。
 何回無断で縁談を断ってるのでしょう、この父さんは。
 勝手に結婚させられるよりは、ましというものだけどね。
「すみませーん」
「はぁい。いまいきまーす」
「三人いるでしょ?」
「心配だからいってくるわ」
 
 
 今日も瑶漣は可憐な笑顔を振りまいている。
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