あの方は

 

あの方は、とってもカッコよくて、優しくて、有能で……

何より、笑顔が似合う方。

そんな、琉李様が、私は大好きです。






あの方と出会ったのは、数年前の事です。

 

私は、綺麗なものが好きで、反物も例外ではありませんでした。

お父様は、貴族で門下二品の宰相ですから、商人たちはお屋敷にたくさん来ます。

けれど、私は、町にでて反物を見るのが好きですの。

お気に入りのお店もありますし。

その反物屋は、舜反物店という、素っ気無い名前なのですけれど、お店の主人の趣味がよろしいの

か、綺麗な反物や、季節感のある反物がたくさんありますの!

侍女もそこの反物屋は認めてくれているのか、口うるさくは言ってきません。

彼女たちだって楽しみにしているようですから。

 お店にいる娘さん、鈴明さんも、少し粗暴な感じはしますけど、気配りが出来る方で、とても有能な

方です。私なんかよりも、彼女のほうを美人というのだと思います。

 実際彼女は、酔った男の人が、私に寄ってきたときも、一ひねりで倒してしまいましたわ。

 彼女はカッコいいです。

 その鈴明さんが、私が侍女二人を連れてやってくると、笑顔で会釈をしてくれました。

 私のところへご挨拶に来られる官吏の方みたいに、媚びたような感じがないので、とても気持ちが良

いです。

 笑顔でし返すと、侍女のほうも慌てましたけど、彼女は笑って寄ってきてくれました。

「いらっしゃいませ、尭のお嬢様」

「また来ましたわ。新しいものはあります?」

「夏物が少し早いですけど来ましたよ。個人的にお勧めなのが……

 彼女は、私を手招きして中へ入らせてくれました。

 見れば、鈴明自身も品のいい着物を纏っていました。

 淡い青を主とした、朝顔の模様。涼しげで品が良いのですけど、鈴明はもっと活発な色のほうがよろ

しいと思うのですけど。

 と、問うと、彼女は少しだけ驚いたようにし、店の主人を示しました。

「父さんがですね、お前は広告板なんだから、好みなんて聞いちゃおれんと言いまして。自分が仕

事で着てる服は、もっぱら父さんの指示ですよ」

「そうなんですかぁ」

「えぇ。ほら、玲洵さん、これとかどうですか?」

 彼女が示したのは、薄紅色に紫蘭が風が吹かれたように立っている反物。花びらが綺麗に散っていて

、仕立てたらどんな出来になるのか楽しみな図です。少し、仕立てるのがむずかしそうですけれど。

「それか、これかなぁ」

 もうひとつ示したのが、白い蛍袋の図。所々に水辺を想像させるような水色が配色してあり、蛍袋が

三つ四つと無数の枝に垂れてるのが風雅です。

 鈴明さんは、反物屋で育ったせいか、ご主人に趣味が良くて、私もうらやましい限りです。

「新作はたくさんありますけれど、自分が玲洵さんに合うと思ったのはこれですね」

「私に、ですか?」

「はい。玲洵さん、楽しみにしていたでしょう? だから、仕入れながらも考えてたんですよ?」

 やっぱり、彼女はいい人です。

 私のために何かしてくれる人はたくさんいますけど、思いが伝わってうれしい人はそうそういません

もの。

「鈴明さん」

「はい、なんでしょう」

「二つとも買いますわ」

「分かりました、毎度ありがとうございます」

 にっこりと笑って一礼してくれた彼女に、私は嬉しくなりました。

 

 

 

「では、今回はうちが仕立てておきますね」

「ここの方ですか?」

「はい。紫蘭の仕立ては難しいでしょう。うちに良い仕立て屋がいますので、そちらにまわします。い

い仕事をする人なので、玲洵さんも気に入ると思いますよ」

「ありがとうございます!」

「ひ、姫様」

 さらに慌てたように侍女が騒ぎますが、そんなのは聞いていられません。

 あぁ、あの紫蘭の反物はどんな着物になるんでしょう。

 楽しみでしかたがありませんわ。

「姫様、もどりますよ!」

 貴方だって、はしゃいでいたでしょ?

 と言いたいですが、言うとおりだったので帰るとします。

 鈴明さんの見送りの元、店から出ますが。

「おぉ、尭家のお嬢様じゃねーか」

「美人で有名な?」

「そうそう。ご立派に、傘をさされてお帰りだ」

 いかにも薄汚い男たちが私を囲みました。

 ボロボロの衣服に、泥の付いた顔、いかにも低俗です、と言ってる様なものです。

 汚らわしい。目を合わせたくもありませんわ。

「へぇ。お嬢様、かなりの上玉だぜ?」

 じろじろと見る目が、不快でなりません。

 けれど、逃げようとしても、たぶん捕まってしまいます……

「ちょっとあんた達!」

 鈴明さんです!

「なんだよ、鈴明」

「俺らは、このお嬢様と少しお茶がしたいだけだって」

「嘘つきなさい! 欲まみれた手が動きだそうとしているくせに」

「うぉ、待てよ、お嬢様」

「っ! 離してください!」

 怖気が走りますっ。

「何だよ! 触っただけだろっ!」

「ぶ、無礼な……

 あの官吏達と同じ目で見ないで……っ。

 強面な顔が恐ろしくて、汚らわしくて、目をつむって。

「おい、止めとめ」

 涼やかな声が響きました。

 そっ、と目を開けば、長身な体が見えました。

 衣服も簡素ですが、質はよさそうです。

 貴族の方?

「なんだよ、兄ちゃん。俺らはただ……

「止めとけっ、刑部侍郎だ……っ」

「そうそう。それに、この方に手をだすと、もれなく宰相殿の私兵がやってくることになるが、お前ら

大丈夫か?」

 軽い口調で、男たちをいなしている、男の方。

 刑部侍郎……、ですか?

 若そうな方なのに、そんな高位な所にいるのですね。

 軽そうな男の方に対して、野蛮な人達は、目に見えて青ざめ、そのまま走るようにして去っていきま

した。

 しゃがんだまま立てない私。

 それを雰囲気で察したのか、背を向けていた男の人がこちらを振り向きました。

 か、カッコいい……

 一見目は、こう思いました。

 柔らかに微笑んでいる顔。

 涼やかな目元。

 どの部分をとっても、私は賛辞の言葉しか浮かばないでしょう。

 それだけ、美しく、カッコいい方。

 その方は、にかっ、と笑って私に手をさしのばしてくださいました。

「お手をどうぞ。尭家のお姫様」

「はい……

 恥ずかしくて、私はその方の顔を直視できませんでした。

 とっても美しい方なのだもの……

 少し視線をあげれば、にっこりと笑われて、私はつい下を向いてしまいます。

 その方は、少し首をかしげ、侍女に私のことを任せると、鈴明さんの所へむかいました。

 それを眺めてますと、なにやら親しげに話しかけました。

「鈴明。俺が頼んでおいた反物きたか?」

「とっくの昔に来てるから。あんた遅いの! あと一日遅かったら売り物にしてたからね!」

「わりぃって。刑部の仕事が忙しくってさ」

「嘘付け。昨日、甘味処で団子食べてるのをあたしは発見した」

「げっ」

 楽しげに会話をなされるお二人を見て、胸が少し痛いです。

 お二人は、しばらく会話を続け、最終的に鈴明さんが蹴りをいれられて、中断なされました。

「琉李。翠家の奥様によろしくー」

「俺じゃなくって、母上かよ!」

「またお伺いしますと言っといてー」

「さらりと無視!?」

 また続けられましたけれど、私には聞こえません。

 聞こえたのは、たった二つ。

 翠、琉李。

 琉李様……

 貴方はそのような名前をなされるのですね。

「あれ、玲洵さん?」

……鈴明さん」

 心配そうに覗き込んできた鈴明さん。

 けれど、私はそれを流して、さっきから見ていて思ったことを聞きました。

 とても大切なこと。

「鈴明さんは、琉李様の事が……

 口を、塞がれました。

「玲洵さん、駄目」

「何故、ですか?」

「あたしがそんな事願っちゃいけないから。ただの商人ですよ? 自分は。……ただの幼馴染ですっ!

 最後は照れたように締めくくって、鈴明さんは店の中へ入っていった。

 ……ひどい事を聞きましたね、私は。

「鈴明さんも」

 ですね。 

「姫様、いきますよ」

 焦れて言い出した侍女の言うまま、歩き出す。

 今日出会った、翠琉李という、青年のことを想いながら。

 

 

 

今日私の中に咲いたのは、優しく微笑むかの方を恋しく想う、薄紅色の恋という花。

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