今日は元日である。



元日という事は、殿上人は朝早くから夜がふけるまで、「朝賀」だの「元日節会」だので、バタバタと慌ただしい。もちろん、私の左大臣である夫と息子達も、例外なく出席する訳で。
妻の立場から言えば、「家族の中で、私だけ一人取り残されるだなんて!」等、文句の一つでも叩いて然るべき所だろうが、私は嬉しい。ものすっごく幸せだ。

何故か。
そんなもの、この時期に主不在を狙って、野盗共が相当な頻度で出没する。でもって、そいつら相手に思う存分、殺し合い・・・・いや違った、喧嘩・・・・じゃなくて、『制裁』を加えれるからに決まってる。

まぁ、こうした正当な理由と、その他諸々の事情から、私は早朝に屋敷を出て、羅城門に向かっているのだ。

ちょうど七条大路を通り過ぎる時、西の市から女のかん高い悲鳴と、野太い男のダミ声が響いてきた。

そっちの方角を見ると、何人かの男女が逃げ去っている。

―よしっ!本日最初の獲物発見!

疾風の勢いで市へと駆けつけ、市の西大宮大路沿いに生えていたやどりぎに、走り高跳びの要領で跳び移る。そのまま、スルスルと高い位置まで登って行き、状況を確認する。

「相手は三十路男五人で、全員刀持ち・・・か。検非違使の若いのがいるけど、ヘタレたお坊っちゃんじゃ、返り討ち確定だな」

事実、彼は衣を斬られて、涙目が本気泣きに変わっている。それでも京中の罪人を捕まえる検非違使かっ!と叱り飛ばしてやりたくなる光景だ。

辛口の判断を終え、一呼吸置く。そして『お頭用の口調』で、野盗共に尊大に辛辣な言葉を放つ。

「おい、手前ぇら。俺のシマで、何好き勝手してやがる。ぶち殺される覚悟は出来てんだろうな、ガキ共っ!」

私の声を聞いた瞬間、ならず者上がりが多い西の市の奴らは、サッと私のために新参者を取り囲む。その際に、若い検非違使を輪の外に、引っ張り出す事も忘れない。

「影鬼様、やっちまえっ!」
「間抜けな新入りに、京での挨拶を教えてやんな!」

―うんうん。相変わらずイイ動きをしてくれるよ。それでは、遠慮なくいかしてもらおうか!

まさか刃物を持っていない中年達が、こんな行動をとるとは思っていなかったんだろう。いささか面食らった顔で、だがすぐに飛び降りた私に刀を向けてくる。

「ガキだと?若造が何を生意気に。年長者への敬意の表し方を教え・・・クッ」

バキッ

「うるせぇよ、ボケ。耳が汚れるだろうが」 

弱い犬程吠えるとはよく言ったもので、今までの経験上、こうした奴は話が長い。
気長に待っててやる様な、お優しい性格じゃあないので、話を進ませる
ための手段をとった。とりあえず、一瞬にも満たない速度で懐に入り、手加減しつつ顎をかち割ってやった。手加減と言っても、ソイツは失神したがね。

まぁ、当然の事ながら、頭をやられた子分はビビって逃げようとするが、男達に阻まれてその願いすら叶わない。結局、顔を醜く歪ませて刀を振るってくる。

「ハハッ。そうでなくっちゃ、楽しくないね。喜べよ、お前ら。俺の本日最初の獲物になれた幸運をなっ!」

今度は見物人を楽しませるため、一人一人にかける技を多くする。
まず一番近くの男の鳩尾に、あばら骨が数本折れる程度に膝を叩き入れる。崩れ落ちていくソイツの襟元を掴み、背後に迫っていた奴に投げつける。

そして地面を蹴り、空中でクルリと一回転し、奴のこめかみを踵で蹴りつけてやる。雑魚二人は、血泡を吹いてドウッと倒れた。

やんややんやと拍手喝采が降ってくるのに、手を振って応える。

「さすが、頭!惚れ直すぜぇ!」
「田舎者に本物の喧嘩っつーのを見せてやれ!」
「残りの二人も、ぶっ飛ばせっ!」

―あ〜、コレ。コレだよ、この空気っ!やっぱ、堪んないぐらいゾクゾクするねっ!

次は、雄叫びを上げながら刃向かってきた男の勢いを使い、一本背負いでぶん投げる。その時に力を入れ過ぎたらしく、唐菓子店におもいっきりぶつかった。

「あっちゃー、やり過ぎた。失敗、失敗っと」

最後に残った奴は、逃げるために後ろを見せた所を狙い、首に両腕を回して一気に意識をオトしにかかる。ここまでの所用時間は、ざっと八拍程だ。

―まぁ、遊びでやったんだから、こんなもんか。

コキン ギャッ

軽い悲鳴を上げて、簡単に逝った男を離し、今の立回りで埃っぽくなった狩衣を叩く。

「おい、菓子やってた奴誰だ?悪かったな、壊しちまって」

ぐるりと顔を見回して、つい先ほど店とはお世辞にも言えない様な売り場を、更に全壊させてしまった事を詫びる。

「いいんすよ、影鬼様」
「そういう訳にはいかんだろ?安心しろ、今日の分と、店の復興の金は払ってやるからさ。・・・・コイツがな」

未だにベソベソ泣いている検非違使のガキを、顎をしゃくって示す。
いきなり指名され、びくっと体を震わせ、目を見開く。

「わ、私が支払うのですかっ!?」
「あぁっ、ったりめぇだろ?助けてやったんだからよ、当然だよなぁ」

ギロリと睨みを効かせると、それだけで失神しそうな顔をする。でも、お偉いさんのガキは、やっぱり坊っちゃん感覚がこんな状況でも発揮されるらしい。

・・・つまり、「私の父は〜なんだぞ。お前らが手を出せるはずがないんだ」というやつだ。

「こ、こういうのは恐喝と言うんだよ!つまり犯罪だから、あ、貴方を逮捕できるんですからね?!」

―思った通りだ。

こういう輩に対する『ゆすり』は、よくわかっている。内心ほくそ笑みながら、私はいやに優しく笑いかけてやり、ソイツがもたれてる木に両手をつく。

「そっかぁ、無理矢理金をせびるのは犯罪なんだな?」

そう聞くと、コクコクと首を縦に振り、すこしばかり安心した様子で、

「そう。そうです!私からすれば、命の恩人を捕まえる事はしたくないんですよ」

と、言ってきた。私はさらに笑みを深くし、質問を重ねる。

「じゃあ、助けてもらった『個人的なお礼』なら、罪じゃねぇよなぁ?」
「・・・は?」

私は木につけていた右腕をわざとゆっくり引き寄せて、得意の傲岸不適な笑みを浮かべる。そして・・・ガキの左頬すれすれに、鉄拳をぶちこんだ。
大木は小枝の如く簡単に、めしりと折れて重量感のある音をたてながら、地面へと転がる。
蒼白になり死にそうな状態になったガキの肩に、ポンと手を置いてやる。

「お礼してくれる気になったか?なれない場合には、いくら温厚な俺も、悲しみのあまり手元が狂うかもなぁ」

顔には満面の笑み、目には肉食獣の輝き、で凄むと、「いくらでもお礼させて頂きたいです!」と涙声で叫び、急いで懐から金をだしてきた。

「最初っからそうしてりゃあ、いいんだよ。んじゃ、ありがたく貰っといてやるぜ」

後ろの男達に財布を放り投げ、ガキを解放してやる。
脱兎の早さで、市を駆け抜けていくガキに向かって、私は最終告知のため口を開く。

「てめえ、誰かに言いやがったら、屋敷の方にもお邪魔させてもらうぞ!なんせ検非違使の長官―仲原 兼久の息子が、ならず者達に金払ったなんて話、流されたくねぇだろっ!?」

背中に投げつけられた言葉に、ヒイイィッと、か細い泣き声を発しながら、ガキは角を曲がって行った。
私の台詞に呆気にとられ、「何で知ってんだ?」と言ってくる奴らに「夫ん所に長官連中が、しょっちゅう来るからだよ」と答えてさばいていき、気絶中の獲物の金品を漁る。

「簪が二本、紅が三種、それに香木一種か。ちっ、シケてやがる。ん・・・でも、伽羅ならまぁまぁだな」

手に入れた品を報酬として、狩衣の袖の中に落とす。

「それじゃ、もう行くわ。お前ら、俺に買ってもらいたいネタがあったら、隼(はやと)通せよ」

隼は私の信頼する右腕であり、それと同時に最大の勢力を誇る盗賊の元締めでもある。どちらかといえば、表の人間は『影鬼』より『隼』が、今では偉いと考えている。

理由は一つ、『影鬼』という頭が中心で動いた事件は、十四年前を境にパッタリとなくなったから。まぁ、あの時期は私も、色々と大変だったんだよね。

「わかってますって。世話んなってる影鬼様の旦那に、迷惑なんざ掛けませんや」
「はん。その心配がなかったら言ってねぇよ」

気のいい奴らと軽口を叩き、私は西の市を後にした。最後にある事を思いだし、クルッと振り向いて奴らに叫んだ。

「おい、検非違使につき出す前にそいつらに言っとけ。『俺は若造じゃねぇ。今年で44になるんだぜ』ってな!」

今日は幸先がいい。軽やかな気分で私は、臭いがつくから最近やってなかった『検死・解剖』をするため、ウズウズする両腕を抑え、羅城門に駆けて行った。

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